残った作品が、その時代の顔になるー1996
画家とは?画家になるには?当時の作風は、紙をパネルに水張りしたものに、
水彩ボールペンでドローイングするという手法でした。
毎晩朝方まで、オフホワイトの水彩紙の画面を、
0.3mmくらいの細字ボールペンで埋めて行きます。
とても根気が入り、時間がかかりましたが、
筆記用具の滑らかな書き味に助けられ、
そして塗り残しの紙の白さが、
線描の背後から光を放つような透明感の効果を助けてくれていました。
身近な材料を使うことが、現代的な表現になると自分では思っていたのですが...。
ところが会期中に、ある年配の男性が画廊に訪ねて来て、
こういう感想をポツンと言い残して帰られました。
「白さというのは、確かに最も美しいことだろうね。
紙の白さをうまく活かしている。
....しかし、美しいものほど、弱さを感じてしまうのはなぜなんだろう?
いつかは壊れてしまうんじゃないか?
そう、見る人に不安を感じさせるからなのかなぁ...。」
今の私なら、その感想は褒められていると受け取ることもできるし、
半ば批判の意味もあるだろうなぁと両方の意味を汲み取りますが、
当時の私は、どちらかというとご批判として受け止めたのでした。
実際、このようなご意見を言う人は一人だけではありませんでした。
「現代作家の作品は、画材ではなくて身近な日常の素材が使われることが多いけど、
おそらく50年たったら、形がすっかり無くなってしまうわよ。
紙を使うなら永久保管が保証されている中性紙を使いなさいよ。
一般に普及している簡易紙というのはね、どんどん酸化して行くの。
酸化というのはね、紙が燃えていることと同じ状態。
ほら、わら半紙なんかが良い例。時間が経つと周囲から茶色くなっていくでしょ。
あれが燃えているってこと。
残った作品こそが、その時代の顔になる日がやがて来るのだから、
100年後に目を向けて制作するべきよ。」
ごもっともと拝聴したこの意見の持ち主は、
大学で学芸員の資格をとった後、当時美術品修復の工房で修行を積んでいた女性。
某博物館準備室の資料整理のアルバイトで一緒に仕事をした縁から、
その個展に駆けつけてくれたのでした。
この人はその後、兵庫県立美術館の美術修復担当の学芸員になって今に至る人ですから、
なかなか当時も辛口のご批判。
ちなみに先の年配の男性は、実は画廊店主のお父様でした。
「俺の親父はね、喰えない英米文学者でさ〜」って言われていましたが、
ずっとそのあと10年後くらいに、アーサー・ウェイリー関係の本を読んでいた時に、
研究者の名前が気になって調べてみたところ、この人こそが店主のお父様、加島祥造氏でした。
アーサー・ウェイリーは、大英博物館の資料室で源氏物語を一から英訳した異彩のユダヤ人で、
私の尊敬する言語学者の一人ですが、そのことはまた別の機会にゆずりましょう。
その後加島祥造氏は、禅や老荘思想のエッセーの著作を世に出し、
次々とヒットを出して有名になって行きました。
そして私は、これらの貴重なご意見を真摯に受け止め、
画材の吟味、新しい手法を編み出して行くことになるのです。
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