ベルクソン読書録−2
読書私は、高校生の時に横須賀線の電車に乗っていて、あることに気づいたことがあります。電車がトンネルに入る時に、進行方向に向かって車両の先の端にある席の前に立って、その横の車窓に自分の姿を覗いてみると、自分だけでなく車内もすっかり映り込んで、ちょうど反転した形で、もう一つの車内の世界が見えるようになっていることです。
その世界の方を現実だと思って見ていると、電車が突然今までの方向の真逆に走り出します。つまり私が上りに向かっているとそれまで思い込んでいたのに、実際は下り方向に身体が向かっているような感覚になれるのです。
そしてゆっくりと慎重に、車内の揺れ具合や床の揺らぎなどから、「いやそれは目の錯覚」と自分に言い聞かせてみます。ところがなかなか車内の床の微妙な動きを感覚で感じるだけでは、「自分がどちらに向かっているかが判断でき難いものだ」と気づくのです。そして、人間の感覚には錯覚や限界があって、ちょっとした操作で自分の方向や位置が確認できなくなる、騙されやすいと気付いたのです。
するとありとあらゆる自分が正しいと信じている、思い込んでいることが、もしかしたら、そう錯覚しているだけで、反対側の価値観の世界と裏表なのかもしれないと漠然と思えてきました。
ところが、また一方で、本当のところ、今ここの車内にいる自分は、不動で何も動いていないということだけが真実だとも気付いたのです。動いていると体感するのは電車であり、動いて見えるのは車窓の景色である、しかし私はじっと黙ってただその見え方感じ方に気持ちが揺らいでいるだけで、我に帰ると自分は何も動いていない。これに気づくのが「不動」ということなのかもしれないと知ったのです。
これは後に、仏教でいうところの「乗りもの」つまり「大乗」とか「小乗」という考え方を知った時に、やはりこの時のシーンを思い返して、とても納得したものです。
人生はあたかも誕生から死に向かってい直線に流れているように思っている人がほとんどです。でも本当にそうなのでしょうか?もしかしたら、あの時の電車の中のことを当てはめてみると、どのように自分の人生を見る目が変わるでしょうか?
私がこれから年老いて死へ向かっていると当たり前に見ている世界が、窓の流れゆく景色でしかなく、車窓に映った自分の影という未来から過去に逆さまに見る方法や能力に気がつくと、そういう人生のあり方も肯定する錯覚を、人間が持つようになるかもしれないなどと考えてみます。
もしかしたら、予言とか予知能力とはそういうことに気がついた感覚かもしれないし、もっとそういう錯覚を抜け出たところには、車窓の景色や映り込みの世界に惑わされない、不動の自己の存在を確認できる瞬間や生き方を人間はできるようになるはずです。
しかしそれは単なる考え方であって、人生をすっかりそのように生きられるようにするには、そう簡単にはいかないものなのでしょう。
ベルクソンの相対的とか絶対的についての細かい説明や、純粋時間について触れた時、私はなぜかこの私の古い気づきの記憶が思い出されて、今もし「歴史的な転換期」を迎えているのだとしたら、このくらいの世界観の逆転が起こった先に、資本主義や貨幣経済というものから決別して、まったく新しい生き方が肯定されうることになると夢想せずにはいられないのです。
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