ある寡黙な人
画家とは?画家になるには?2001年の個展(ギャラリーGALA)でのことです。9月8日から10月7日までという長い会期をはじめて頂いた個展発表でした。そういう理由もあって、二度以上来廊されるお客さんがいて、このことがとても励みになりました。
会期終了日に、見覚えのある人が長く作品を見て下さっているので、声をかけてみました。わたしよりも10歳くらい若い男の人でした。寡黙な感じのする人だったので、たぶん最初に来られた時にも挨拶程度で、それほど話をすることがなかったかもしれません。
とても打ち解けて話す人もあれば、一人静かに見ていたいという人もいますし、それは千差万別です。私はしばらく様子をみて、どのようにして欲しいかのを、その様子から読み取るようにしています。
その人は、あまりしゃべるのが苦手ながらも、何か一言くらいは残したいように思えたのでした。
「また来て頂いてありがとうございます。」
気がつていたことに、ちょっとうれしそうでした。
「今日で最終日になりました。見納めです。どうぞごゆっくり。」
すると何だかそわそわされはじめました。
「………………….、」
しばらく沈黙が続いたので、あまり無理強いして話などしなくていいですよ、という感じで、その場から離れることにしました。
あっさり見て、一から十を知る人もいるのですが、作品の端から端までなめるように見て、実は何も憶えていなかったという人もいるものです。人は本当にいろいろです。
かなり長く見るタイプの人は、その見るという行為や時間を楽しんでいるようです。作品がいいのだなんて、けっして自惚れてはいけません。(これは私への自戒の言葉です。)
何かを言いたいけれど、どうしていいかわからずその機を見計らうために、ついつい長居する人もいるようです。見知らぬ作家の個展に行って、すぐに誰とでも友達になるというのはまれなタイプです。人が言うには、まず画廊に行くまでに相当な決心が必要だそうです。さらに画廊で何か声でも掛けられたらどうしようと、心配するものらしいです。作品を押し売りされるのでは?でもご安心下さい。幸か不幸か、それほど商才に長けている画廊主は、日本ではまれです。
その人が見ている作品は、普通のお客さんが買うような大きさではありませんでした。
作品を買う時も、千差万別です。画廊に入ってまっすぐその作品に向かって歩いて行ったかと思うと、「これ下さい。」と、ものの2分もたたないうちに決めた人もいます。そうかといえば、会場をぐるぐる何回も歩き回って、とにかく何か買っていきたいらしいのですが、それが迷っていてなかなか決まらず、あげくのはてに次の日電話が来て、おっしゃた作品が、その日朝一番で売れていたということもありました。
その人はそういうことではないようでした。迷っているわけではないのです。
これからどのような結末が用意されているのだろうかと、いろいろ想像してみたくなります。例えば、若いギャラリストで、画廊をこれから立ち上げようとしているのだろうか?とか、この作品を舞台美術に取り入れたいとか?いろいろな可能性が考えられ、勝手に自分の都合の良いように考えてみるのです。
最後の最後になって、その人は何かふっきれたかのように、自分から私をみつけて、声をかけてくれたのです。
「きっと、私のようなものがこの作品をいいなあと思って見たところで、どうしようもないですよね。すみません。」
暗い顔をしてぼそっ、とそう言われたのでした。
私はその時にとてもショックを受けました。私の目論見がすべて読まれ、そのすべてが否定された瞬間でした。
作品を制作し、人に見せるということで、いろいろな副産物が生じます。それは先に行った通りです。でもけっして、何か誰かの得になるから発表するわけではないのです。ただ「いいなあ」と思って下さるだけでもう十分なはずなのです。私は「どうもすみませんでした」と地べたについて、深く謝りたい気持ちでいっぱいになりました。これほど自分を恥じたことはありません。
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