読書録ーリルケの「事物(もの)」への信仰と芸術
読書今日は、まだAmazonの本の注文が来ない静かな朝です。
Amazonで本を売りながら、また本を買ってしまう毎日。
お陰さまで、幾らでも好きな本が読めます(笑)。
そして、売った人から、昨日は沖縄の浜に打ち寄せられた珊瑚や貝が送られて来ました。何て素晴らしい!
遠くは北海道、九州からも注文を頂き、高い評価を頂いたり、おすすめの本を紹介して下さいというメールも来るようになりました。本当に嬉しい!
これからは、もっと読んだ本のこと等をこのブログに紹介して行くつもりです。
今も、数冊を平行して乱読しておりますが、その中から。夢中になっている詩人リルケの本をご紹介します。
私とリルケの出会いは、遡ること30年以上前、中学2年生の時に、学級文庫として担任の先生が、用意して下さった文庫本『リルケ詩集』からです。
当時、かなり感化され、自作の詩等を書いていた記憶もあります。
しかし、長らくぱったり忘れていたところ、ハイデッガーの『杣径(そまみち)』を最近購読した中に「何のための詩人たちか」という文章がおさめられていて、そこにリルケが紹介されていたのです。
久しぶりにリルケと対面したのでした。
けれども眠っている者から落ちてくるのだ、
立ち籠めた雲からのように、
重さという一層豊かな雨が。
(リルケ詩「重力」より)
幼い頃の自分にとっても今の自分にとっても、なぜ色褪せることなく、リルケの言葉が心に入って来るのでしょう?
じっくり読んでみたくなりました。
そして、読めば読む程、改めてその素晴らしさに心打たれ、紹介せずにはいられなくなったのです。
池に映ったもののすがたが
しばしば我らから消えようと
その姿をば忘れるな
(「オルフォイスへのソネット」より)
これらの詩からもわかるように、リルケの眼差しは、常に自然とともにあります。
自然景観の傍観者ではなく、人間の心の動きが自然という鏡に映り込むような、そのような世界観です。
「芸術家の自然への関心のもちかたには、なにか無我のようなものがある。大きく見張った目を通じて永遠に待っている魂の中へ分けいっていく、...」
リルケは1900年9月11日の日記にそのように書き記しています。
なぜそのような眼差しを持てるのか、それは「孤独」と「事物(もの)」に鍵があるようなのです。
「子供のとき、すべての人々との関係がいつもうまくいかず、自分が限りなく見すてられていると感じ、まったく疎遠なもののなかに迷いこんでしまったということを感じたとき、.....私は事物(もの)たちから一つの喜びが、この世にあることの喜びが、私に吹き寄せてきたのです。それはいつも一様で静かで、力強く、そのなかにためらいや疑いなどが一度も現われたことのない喜びでした。....」
「....事物(もの)たちから、そのしんぼう強い忍耐と持続から、のちになって一つの新しい、もっと大きな、もっと敬虔な愛が、どんな不安や限界ももたない親交が、私に与えられたのです。....」
「...私はあらゆる自惚れを遠く自分からふるい落として、ごくとるに足らない動物を見下したりせず、自分を一つの石よりすばらしいものと思ったりしないように望んでいるのです。けれども、あるがままの私であること、私がそれを生きるように定められているものを生きること、他のなにびとも鳴りひびかせること、私の心に命ぜられている花を咲かせること、私はそれを望んでいますがーーーそれは不遜というものではないでしょう。」
「人々とあなたの間に共通するものがないならば、事物(もの)の近くにいるようになさい。事物はあなたを見すてたりはしません。...」
(『リルケ 芸術と人生』より)
このリルケの事物(もの)への信仰は、自然物だけでなく、美術作品にも向けられ、多くの美術に関する書簡が残されることになりました。
『リルケ美術書簡―1902‐1925』という本がありますが、なかなかの高価な値段がついています。
私は市の図書館に予約していて、まだ手にしていません。
先の『リルケ 芸術と人生』は翻訳者の富士川英郎氏が、美術について書かれているリルケの文章をコンパクトに集めて構成している本です。
このまとめ方が、とても読み易く、リルケの芸術への眼差しが、とてもよく紹介されています。
リルケはドイツ人だと思っていたのですが、1875年プラハで生まれ、オーストリアやロシアやドイツ、フランスを転々としています。
この人こそ、ボヘミアの詩人、ボヘミアンと申せましょう。
そして25歳の時にドイツのブレーメン近郊のヴォルプスヴェーデという芸術家村にいた頃に、多くの芸術家と親交を深め、その後彫刻家クララ・ヴェストホフと結婚。
しかし、そこでの暮らしは長く続かず、2年後単身でフランスのパリに赴き(後から奥さんが子供を連れて追いかけたようです)、ここでフランスの近代彫刻家の巨匠ロダンの秘書として仕事をすることになるのです。
この『芸術と人生』には、パリでいかに素晴らしい芸術作品を毎日見て過ごしているか、事細かに綴った書簡が集められています。
当時の画家や彫刻家の作品を美術館や画廊あるいはアトリエでリアルタイムに見て、感動しているリルケの言葉にわくわくします。
ロダンはもとより、セザンヌ、ゴッホ、シャルダン、フラゴナール等の作品を知る上でも、貴重な記録文章になっています。
パリの画廊を買い取って、そこで作品に囲まれてのんびり過ごせたら、どんなにいいだろう。というようなこともかかれていますし、その画廊が、どう見てもお客は来そうにないのに、のんびりしているとまで書かれています(笑)。また、パリでの生活に不便さや苦難があるにしても、しかしそれを上回る有益な日々であることも書かれていて、読者の心を、パリへと誘い、虜にします。
パリの効能(笑)について、リルケは次のような面白い表現をしています。
「...パリはわれわれの芸術家としての活動を、すぐに直接には助けてくれません。いわばパリはわれわれがしている仕事に最初ははたらきかけて来ないでーーーわれわれを絶えず変化させたり、高めたり、成長させるのです。パリはわれわれの手から、それまで使っていた道具をそっと取りあげて、別の何とも言えずもっと精巧で、もっと精密な道具を持たせてくれます。.....われわれは初めてパリを自分の環境としてもったときには、そのパリを感じたり、傍観したりするよりも、むしろ温泉にでもつかっているようにして、自分ではあまり多くのことをしないで、その効果を期待していなければならないのです。」(トーラ・ホルムストレェーム宛、1907年3月29日)
パリの温泉。。。さすが温泉国ドイツの詩人(笑)。これは余談ですが、ドイツにはあちこちに有名な温泉地があります。バーデンバーデンが一番有名ですね。アーヘンでは確か、教会堂で温泉のお湯を飲んだ経験があります。
リルケが果たした芸術への貢献は、彼の「事物(もの)」への信仰から自然に生まれ出て来たと言えましょう。
芸術作品という事物を信仰し、愛した詩人の言葉が残されたからこそ、私たちはその言葉を頼りに、リルケのその目と一緒に作品を観ることができるのです。
是非リルケのこの本を持って、パリの美術散策をしてみたい!そう思うのは、私だけではないはずです。
さて、平行して読んでいる本に『評伝マイスター・エックハルト』があります。ドイツには中世から特有の神秘主義思想があり、神に捧げて自己消却する、神と一体になる生き方を説いたり、哲学したり、心理学的に分析したり、芸術に表わす生き方があります。それがハイデガー、ユング、リルケなのではないかと、私なりに本から読み取ろうとしているのかもしれません。
自己消却と簡単に書いてしまうと、とても薄っぺらなものになってしまいますし、日本では戦争中に滅私奉公というのがあって、多くの人がこの言葉で、自分の人生を犠牲にしてしまいました。宗教や政治には、そういう意味で、これをマインドコントロールのテクニックとして使った歴史があるのです。しかし、本来はそういう権力とは無関係に、人々を救うための我欲を捨てる「無我」という知恵が東洋、西洋の宗教の種類を問わず、共通して存在します。
芸術においても「無我」は、とても重要な知恵です。もし、自我の欲望だけで制作を続けようとしたら、それは苦悩と罪の意識の連続で、おそらくその芸術家は死んでしまうことでしょう。あるいは、芸術家であることを諦めます。趣味程度と言われてしまう仕事になります。
自己を消滅させ、芸術に身を捧げることができるかどうかが、芸術家に試されるのです。
これを読んでいる人の中で、もし芸術家を志す人がいるならば、そのことをよく考えてみて下さい。
1.個人的な生きる喜びの範疇に留まっていては、人類の遺産となるような作品は残せない。
2.まわりの人々の意見に左右されるような意見しか持ち得ない人は、芸術家ではない。
3.どのような苦難があっても、それがすべて作品の糧であり、生きる喜びに変えられるようでなければならない。
4.どのような状況にあっても、堂々と飄々と生きられる忍耐力と気高さを持って、作品制作に勇気をもって立ち向かわなければならない。
5.自然や事物から生きる術を自分で発見し、その喜びを安易な言葉に発することなく、寡黙に作品に滲み出さなければならない。
「喜び」と書きましたが、宗教的には「恍惚感」です。この「恍惚」が何の理由もなしで、自己の中から沸き上がって来なければ、芸術家の仕事になりません。逆に、この「恍惚」に自然と制作がなされてしまう秘密があるのです。これを会得しないうちには、芸術を体得出来ないとも言えるでしょう。
リルケのこの『芸術と人生』を読むと、そういうことを改めて自分に問い正さずにはいられません。
是非、芸術、リルケにご興味のある方は、ご購読下さいませ。
さて、芸術,芸術家といいますと、アートに興味のない人は、関係ないと思われがちです。
しかしそう思うのは、とても残念なことです。
最近ゆっくりじっくり読んでいるハイデガーの『ニーチェ〈1〉』には、ニーチェの「芸術の力への意志」という断片的なメモの寄せ集めを、ハイデガーが一生懸命、理論立てて、このこれが何であるかを構築し直して、私たちに一生懸命わかるように書き直してくれています。ここに凄いことがかいてありました。
「芸術活動」というのは、人間の創造的に「生きる」ということを透明にして見せようとする行為であるというのです。私たちは芸術ということを通して、はじめて「生きる」ということがどんなに素晴らしいものかを観察し、認識出来るのです。なぜなら、人の一生は時間によって変化し、容易には説明出来ないですね。伝記等が後から書かれたとしても、それはある人間の生き様であるにすぎません。そうではなく、人間が「生きる」ということがどういうことかを瞬時に認識できるものにしようとしたら、それは芸術作品なのだ、とハイデガーはニーチェの言葉を借りて、一生懸命書いています。
彼が言うところの「生きる」とは、創造的にそれがそれとして唯一無二の存在意味を持ってそこにあること。この場合の「生きる」とは、生きる化石となった大衆の抜け殻のような生き方ではないのです。活き活きと、本当に「生きているんだ」という実感ですね。そういうものが、芸術によって見せられている。だから私たちは、その作品から「生きる」生き方を学ぶことが出来る!と書いてくれています。そういう目で、芸術に触れなければなりませんね。
そして、どの人も創造的に「生きる」実感を絶えず学ぶ場として、足を運んで、芸術作品に触れる時間を大切にしたいものです。そのような目で見れば、かならずその答えを導き出せるからです。
先に書いた5つの項目は、何かに一生懸命取り組んでいる人には、どの種類の職業であろうと、プロアマを問わず、共感出来るはずです。どの人も、自分という存在が唯一無二の存在としてありたい、自分が「生きている!」と実感したいはずなのですから。そのように生きるヒントを芸術作品が透明にして明示して、そこにそう見られることを待っています。
またまたお知らせを最後に。
マチエール(画肌)の魅力
会場:東京国立近代美術館 所蔵品ギャラリー(4F-2F)
会期:2011年2月22日(火)~5月8日(日)
*休館日:月曜日(但し3/21、3/28、4/4、5/2は開館)、3/22(火)
*無料観覧日:毎月第1日曜日
*展示作品は、『A Thousand of Winds』(162x192cm)です。
*最先端技術CCD撮影画像により、スクラッチとハッチングの線が複雑に交錯する唯一無二の画肌の秘密が明かされます。
*期間中の特別展
2011.3.8-5.8 生誕100年 岡本太郎展
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