
李禹煥ーその画布上の溜
美術展散歩横浜美術館入り口前に展示されている李禹煥作品
本日横浜美術館『李禹煥 余白の芸術展』を見に行きました。展示室の床はいつもと様相を変えて、絨毯を取り外し、コンクリートの打ちっぱなしの床をむき出しにさせています。現代美術の床置き作品が絨毯上に展示されていることはまずありません。でも横浜美術館の絨毯の下は、なかなか見応えあって、迫力がありました。無造作な仕事の美しさは、こういうところにあるのだと、李禹煥氏がほくそ笑む顔が浮かびます。でも展示用の壁まで細かく見て行くと、難儀されている点をうかがうこともできます。
私は展覧会名の『余白』という言葉から、勝手に李禹煥氏の平面作品の全貌を紹介するような大きな展覧会を期待していました。展示されている平面作品が、かなり絞られたものだったのが残念でした。
それでも限られた平面作品(ほとんどインスタレーションに近いものでしたが)から得る、李氏の筆使いなどを堪能して参りました。
私はこれまで李禹煥の作品のこの筆のタッチが、とても気になっていました。そしてこのタッチがそうでなくなると、李禹煥の作品とは言えないという一つの特徴に注目しています。
氏の線にしても点にしても書を彷彿させている、と私は見るのです。必ず最初に線の始めに溜(ため)があって、ひと呼吸してから線がひかれ、スーッと流れていきます。それを見ると、画布に『書』の文字ではなく、『書』の美学を持って来ようとしたのではないかと感じるのです。
『書』の美学というと漠然としていますが、文字の意味とか形の象徴性も除いて、その骨格の美しさを画布に置いてみよう、ということをしたのではないか、と私は解釈しています。
その骨格にいつも寄り添っているのが、紙の美しさと墨のにじみの代替えのような、密かに地塗りされているように見える画布の地と、絵具に常に混入される白い絵具です。
キャンバスが並ぶと、照明の影響もあるかもしれませんが、地の白さはまちまちでした。また市販されているままのキャンバスのままではなく、でも布目はほどよく、つぶされていません。でも刷毛目を確認することはできませんでした。
混入されている白色の絵具は例えばグレーの線のシリーズにしても、混ぜ加減が綿密に調整されていて、あいまいな混ぜ具合になっています。ですから、例えば縦に引かれた線の左側がやや白く次第にグラデーションをつけて右に、次第にグレーの濃さが増すというようになっています。そして、その引かれた線の縦に残る刷毛筋、それが均一に並ぶ様子を観察すると、グレーの絵具はなぜかざらついた粒子のように見えました。石の粉末でも混ぜているのでしょうか?そのグレーが重厚で気品すら感じさせる質感を持っています。線のはじまる溜のブレによる絵具の混濁としたふくよかな立体感から、しだいにそれが引き延ばされてかすれていく様が丁寧につくられていました。
そういえば、韓国のハングル文字も墨で書かれるために、点画がはっきりした字体で書かれます。線のはじまりに、やはり溜がつくられます。中国の画家の筆によるドローイングにもこの溜をみつけることがあります。筆と墨と紙を持つ文化に固有の造形物と言えるかもしれません。
氏のつくる点は、その筆(あるいは描材?)の動きを記憶していて、まるでスローモーションのようにそれを開示させています。そしてそれが、紙に墨がにじむ時に私たちが感じる「物質の性質に由来する動勢」、それが見せる美しさと同質のものだということに気づくのです。紙に墨が滲むことが美しいのではなく、その紙の上で墨が滲むその動きに美しさの秘密があるのです。そういうことを画布と油絵具に置き換えて伝えているようでした。
そういう意味で、この白い絵具はとても重要な色です。画布の白さに描線がとけ込むように選ばれた色なのです。そのとけ込むことによって、地と図を照応させようという意図があるのです。今回の展覧会に出展されている作品からはわかりませんが、私がこれまでに見て来た作品は全て、この白を赤や青の絵具に混ぜて使われたものばかりです。ですから、この白さが、光をはねのけて、褪せた印象を作品に与えていました。そしてその印象が、浜辺の近くでよく見られる光の強さや、塩を含む風とか、塗装の褪せた町の様子を思い出させることがありました。浜辺で育った私には、それが懐かしいような、でもちょっとセンチメンタルな調子をかもしだしているように思えてなりません。
そして氏の画布に残す『溜』を見るたびに、「李禹煥の作品だ。」と、まずは識別します。そして、普段丸文字やゴシック文字に囲まれて生活している目から、「古風だな。」と感じるのは私だけでしょうか?ーきっと私だけですね。
会期
2005年9月17日(土曜)から12月23日(金曜・祝日)
毎週木曜日と11月4日(金曜)は休館
※但し、11月3日(木曜・祝日)は開館 10時から午後18時まで開館
金曜日(11月4日を除く)は午後8時まで開館延長 (入館は閉館の30分前まで)
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