ロランバルトの『明るい部屋 写真についての覚書』
読書昨日ロランバルトの『明るい部屋―写真についての覚書』がAmazonマーケットプレイスで売れましたので、早朝から梱包していました。ふと見ると、本のカバー裏表紙にこのような言葉が印刷されていました。
「マルバが息子の死によっていたく心を動かされていると、弟子たちの一人が言った。《師は常々、すべては幻影にすぎないとおっしゃっていたではありませんか?》と。マルバはこれに答えて言った。《しかり、されどわが息子の死は超幻影なり》と」(『チベットの道の実践』)
しまった、そんなこと本文に書いてあったんだろうか?としばし読み返してみました。この本は、「覚書」とあるように、とてもコンパクトなエッセイ・テイストの文章が集められていて、とても読みやすい本です。
あちこちに珠玉のはっ!とするようなバルトの言葉が散りばめられていまして、「写真ってどうして芸術なの?」とか、「写真と絵画って、どう違うの?どちらが優れているの?」というような素朴な疑問を持つ人に、なかなか含蓄深い「諭し」となるような内容になっています。
例えば、写真は俳句のようなところがあると指摘されていて、「なるほど」と深くうなずいてしまいました。私の頭には「古池や蛙飛び込む池音」の一句がよぎり。まさしく写真とはそういうものかもしれないと感じ入ります。
写真に残されているものは、誰でも見ようと思えば同じような状況は見慣れているし、古い写真が貴重だと言っても、それが印刷されて複製されて行くと、写真は絵画よりも唯一性の部分が脆弱です。
しかし、写真は、それをよく見つめる者に、現実よりもより客観的に注意深くその事象に注意を傾けさせ、より多くの情報や深い内容を読み取る場を提供してくれる力があります。
そして絵画特有の作家のキャラの強さが見る者にとって鼻につく場合があるとして、写真はその弊害を極力抑えてくれていて、そこはかとなく慎ましいからこそ、それがクールな良さとなっているのだ、と私などは個人的に思うのです。
松尾芭蕉の俳句にしても、何気ない自然のある一部分の現象を切り取って、簡素な言葉を残しているだけですが、そのことにより、無限の可能性を読む者に与え続けてくれています。
言わば読み手、鑑賞する側の創造する余地をたくさん残してくれる媒体が俳句であり、写真である、と言っても過言ではありません。
絵画もそういう部分を志向する仕事がありますね。ミニマルアートや抽象画の世界はかなりそこに接近している仕事なのです。
絵画よりも、より現実そのものの表皮を剥ぎ取るようなことのできる写真。しかしそれは現実そのものではありません。どれもすでに過去の記憶にすぎません。それでもそれに感動し、翻弄される人間。それは愚かと言えば愚かなことかもしれません。しかし、それをあたかも深刻な現実として人間は読み取りたいし、感じたいものなのです。
バルトが指摘するように、人間の信仰への衝動はこういうところから発するものかもしれません。人は信じてみたいものなのです。現実にしろ写真にしろ、これを幻影だと悟ることばかりが幸せとは限らないのです。そんな冷めた目で絵画や演劇、映画や写真、小説や漫画を見る人は、かえって不幸ですね(苦笑)。幻影だとはわかっているけど、それにびっくりしたり、感動することを人は喜び、そのように味わえる自分の能力を楽しんでいるものなのです。
これは人生そのものについてもよく言われることです。人生は舞台そのものかもしれません。ドラマチックに脚色して生きることが可能なのです。自分の人生を自分が描いているのです。誰かに操作されているわけではありません。自分なりの絵を自分が見ようと描いているものです。
さて結局上記の文章は、本文にみつけることができませんでした。しかし、写真ということを考えるとき、この文章はなかなか深い内容を考えさえてくれます。
さて、マルバって誰なんでしょうね?マルバは悲劇の主人公の象徴でしょうか。その文章の中で、自らが息子の死に悲しみ、それを幻影とは思えずに「超現実」があるのだと弟子に言い訳します。滑稽と言えば滑稽。しかし、人間の情というのは、まさしくこういうものを言うのでしょう。喜怒哀楽というものを豊かに味わう肉体から離脱したとして、それは豊かで幸せな人生と言えるでしょうか?泣きたい時に泣き、笑いたい時に大いに笑う。それでもどこか達観しているところがあるから恥ずかし気もなくケロッとして、明日を迎えられるのかもしれません。
芸術はどれも超現実をつくる人間の美しく豊かな営みです。
現実に翻弄され、自分を見失いそうになっている人にこそ、それを深く味わう一時が必要です。写真でも絵画でも演劇でも映画でも、お好きなものを是非。。。。
もちろん、写真についてもっと考えてみたい方は、ロランバルトの『明るい部屋―写真についての覚書』がお勧めです。
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