ドイツ時代ーその1
旅ブログ記事を読んだ方から、いろいろなメールを頂いています。個々に返事を書く中で、ドイツでの生活や美術館巡りの話しの断片を書くことがありますが、振り返ってこれまで詳しく記事にした事がありませんでした。なるべく皆様のリクエストやニーズにお応えすべく、少しずつ記録して行くことにします。
思えば、海外にはたびたび行く機会に恵まれました。一番最初は大学2年生の夏1984年にブレーメンのドイツ語学校(ゲーテ・インスティテュート)に夏の2ヶ月間留学したことから始まりました。その時の経験があまりに恵まれたものでしたから、海外に出掛けること、生活することに味をしめてしまいました。
日本から往復飛行機チケットを格安で買い、と言っても当時は25万円くらいしたかもしれません。それでも格安の方でした。飛行機は忘れもしないパキスタン航空。必ずカラチの空港で足止めされて、ホテルに連れて行かれます。往復2回、計4回これまでに利用しましたが、当時4回ともそういうことになりました。最初は、どんなことになるのか、緊張して何も言えずに他の旅行客について行くだけでしたが、最後はホテルで思う存分美味しいものを無料で食べて、泊まって満喫するまでになっていました。海外での旅は重ねる毎に、めきめきサバイバル力が身に付きました。
今こうして平然と長野で暮らして行けるのも、実は一重にこの旅の経験によるところが大きいのです。旅では、常にどこの場所に居てもぐっすり眠れること、危険予知の本能を磨き、いざという時に自分がどうすれば快適な方向に向かえるか、そういうことばかりが試されます。
例えば、私はこれまでに海外で盗難にあったことがありません。悪名高きイタリア中を歩こうが、スペインの裏道を歩こうが、何も事件が起きませんでした。それもそのはず、そもそも荷物がほとんどない。お金もない。人が欲しがるような物は身につけなかったからです。いつもそこで生活している人の顔をして極力旅行者であることを悟られないようにしていました。
1986年のある時、ドイツの東ベルリンで、向こうからいかにも怪しい黒いサングラス、真っ黒づくめの服装のアジア系の男の人が歩いて来ました。私はとっさに日本人だと直感しました。向こうは少し戸惑いながら「日本人ですか?」と訪ねて来ました。モンゴル人の振りをして、やり過ごそうと思いましたが、その声があまりにも情けないようなニュアンスだったので、仕方なく「どうかしましたか?」と聞き直しました。
「実は恥ずかしい話しなのですが、ポーランドでロッカーに荷物を入れた時に暗証番号を後ろから見られていたようで、荷物を全部盗られたんです。それで大使館に行ったら、仮のパスポートと帰りの切符、少々のお金をもらって、飛行機が出るまで少し観光することにしたんです。トホホ」
見れば、荷物らしき物はなく、手にしているのはドイツ語の生活用語で「テュテュ」つまりレジ袋のみだったのです。そこに仮パスポートを入れて持ち歩いているということでした。旅の途中で、日本人に関わると大変なことになるとはそういうことで、大抵トラブっていて助けてほしいという話になります。ですから、「気の毒でしたけど、日本に無事帰れそうですし、身の危険がなくて良かったですね。では,私は先を急ぐので。」と簡単に挨拶して別れました。
当時私の荷物の最も高価なものはNikonの一眼レフでしたが、これも常に小さなリュックの底に入れて、身体からリュックを離すことはしませんでした。着替えはワンセットのみ。それ以外に持ち物はノート1冊にペンだけでした。宿泊は常にユースホステル。寝る時はリュックを布団の中に入れ、シャワーの時はベッドの足に錠前で固定することもありました。
旅行中の食事は、朝はユースホステル。大抵コーヒー、ミルク、トマトジュースかオレンジジュース、外が硬くて歯が立たないカイザーと言うパンに、ナイフをぐさっと差し込んで切り分けて、それにたっぷりのソフトバターとジャム。運の良い時は、ハムやゆで玉子が食べられるのでした。また食べ放題のミューズリーにヨーグルト、さらにフルーツが添えてある場合もありました。昼食用にパンを多めにもらうことが出来たり、それは禁止と書かれていたり、場所によってさまざまでした。
周りのバックパッカー達の様子を見ながら、次第に食事の節約方法も身に付きました。彼、彼女達は、トマトやキュウリを市場で買って、夕飯は野菜を中心に食べているようでした。また、私はお昼に、その土地の大学の食堂を訪ねるようにしていて、学食メニューを食べていました。とても安く、最安値のメニューはミルクライス。甘いホットミルクのおじやの上に缶詰のフルーツが小さく刻んでのせてあるというもので、当時1マルクメニュー、100円もしなかったのです。これに私の好みがぴったり合って、飽きることがありませんでした。
このように学食巡りをしている内に予期せぬ幸運に出会うこともありました。ウィーンの美術アカデミーの学食で、留学中の日本人と知り合うことになり、フンデルトワッサーの研究室を見せてもらう事になったのです。フンデルトワッサーは自然との共生をテーマに建築も手がけていて、それが見事にその研究室にも結実されていました。古い伝統ある学内に、ジャングルができていて、その植物と植物の木の影に、学生が自分のテリトリーをつくって作品を仕上げていたのでした。
そのような旅の途中でも、つい魔が指してしまうことも...。ベルギーのブリュッセルの王立美術館で、あまりに素敵な雰囲気で、ついレストランに入ってしまいました。それでもギリギリで支払える計算だったのですが、食べてしまった後に気づいたことに、その国は税金がとても高かったのです。そのことをレジに来てわかり、持っていたお金のほとんどを使い果たす事になってしまいました。その日がその旅の最終宿泊日でした。復路の電車のチケットは既に買ってありましたが、でもユースホステルの宿泊代が500円程足りません。銀行は閉まっている時間。翌朝に何とかしなければ、ユースから出ることができません。私は仕方なく、郵便局で記念にお土産として買ったヤン・ファン・エイクのゲントの祭壇画の美しいマリアの切手を売ることにしました。
駅の切符売り場の前に立ち、機械から出て来たおつりの小銭を掴んだその瞬間、その「人の優しそうなおじさん」につかさず声を掛けてみたのです。おじさんは、「何で切手を売っているの?」という顔をしましたが、切手というのは、分かりやすく数字で値段がついているものですから、まず人は疑う事なく換金しても良いと思うようで、取り敢えずその場をしのいだのでした。
このように旅での話しは尽きません。この当時私は『地球の歩き方』を愛読していて、出来る限り節約の旅を心がけていました。そして旅の目的はいつも美術館。訪れた町の美術館に必ず直行しました。美術館では、どこでも静かで快適で、危険が起きる心配もありません。やがてたまに町で画廊を見かけるようになり、遠慮がちに入れてもらい、現代アートにも関心を持つようになって行ったのです。
美術館で古い作品ばかりをずっと見ていると、少し変わったもの、新しいものが見たくなって行くものです。また、美術館の中には、その土地のゆかりの風景画ばかりを沢山集めている展示室というものもあって、そういうものもしっかり見て行くと、いかに名画が名画といえるものなのか、ということが肌で感じるようになって行きます。それは理屈や本に書いてあるから、という理由ではなくて、ありきたりな風景とそうでない名画の風景との間にどのような感動の違いがあるかを、自分の身をもって体感することになるからです。ですから美術作品は、理由とか理屈抜きで、とにかく沢山見る事です。その積み重ねから、自分の見る力が鍛えられて行き、やがて振り返ると美術作品から多くの恩恵を得ている事に気づく時が来ることでしょう。
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