泉(Fountain)ー『デュシャンは語る』
読書カラッと晴れ渡る夏らしい夏の朝を迎えました。風の通る窓辺で朝食(自家製ヨーグルトと1杯のコーヒーのみが目下の定番)をとりながら、しばし読書しました1冊が、この『デュシャンは語る』です。
前の記事にアングルの『泉』をご紹介しましたので、そういえば...、と本棚から読みかけの文庫を発掘して、再び読み始めました。デュシャンといえば、誰でもご存知の、あのレディーメイドの便器。その題名は『泉』と申します。私は、2010年に京都国立近代美術館での収蔵品展『マイ・フェイバリット』で実物(もしかしたら複製?なのでしょう。実物は紛失していることになっていますから)を見たことがあります。ちなみに京近美は、1987年から20年もかけてデュシャンの作品を集めているそうです。日本でこのようなコレクションが見れるのは、とてもありがたいことです。
アングルの『泉』とデュシャンの『泉』とでは、同じ美術表現でもまったく違う世界が繰り広げられております。しかしだからと言って、月とスッポンの違いでもないところが、また凄いところです。アングルの『泉』にしても,女性性のシンボル、裸体を人類の源と思わせる点、それもあたかもヨローッパではよく見かける、噴水の彫像のように固い表現になっているところが、風刺的で面白いところです。そういうヨーロッパの美術史的な流れを着実に汲んで、デュシャンの便器を同じ『泉』というテーマで見た時の、ヨーロッパ人の受け止めるものは相当な衝撃であったに違いありません。この本は、デュシャン本人にピエール・カバンヌという人がインタビューした記事をまとめたものですので、そのあたりの歴史的事実を知ることのできる貴重な資料かなと読んでいますが、案外作家というのは自分の作品について、客観的に言えない分、発言が控えめになりがちなものですから、ちょっともの足りないところもあります。
それを補うために、web検索で調べてみましたら、とても良い記事がみつかりました。デュシャンについて最新の最も優れた評論文と思いましたので、リンクを貼っておきます。とてもコアな(苦笑)内容かもしれませんが、そういうことに公共美術館が力を注ぐ意味はとても重要で大きいと私は評価します。
私のような一画家が、デュシャン?と思う人もいるのかもしれませんが、同じような世界ばかり見ていては、全く視野の狭い作家に成り果てます。そもそもデュシャンは画家から出発しました。彼の言葉を辿って行くと、とても深く考えた末の重みがあることに気づきます。
ーーーあなたにとって趣味とはなんですか。
ひとつの習慣です。すでに受けいれたものを反復すること。何かを何度も繰り返していれば、それは趣味になります。いいにしろ悪いにしろ、同じようなものです。
芸術制作や活動というものは、必ず「それは趣味に過ぎないのではないか」という批判が出て来るものです。例えば、既成品の誰もが買うことのできる便器を、美術品として展示しようとするその意志を「それは単なる趣味なんじゃないか?」と言う人もいるかもしれないということです。もちろんデュシャンにそのような悪い趣味はないわけですが、同じことを,悪い趣味で行うこともできる、そういう批判というものが確かにあります。
作家という人は大なり小なり、誰もがその批判にさらされていると言えるはずです。
「美術は子供でも出来る」
「美術は遊びとどう違うの?」
そういう率直な批判めいた意見や疑問というのは事実あります。
このインタビューの質問は、そこで投げかけられたものと言えるでしょう。
確かに、デュシャンが言うように、もし繰り返し意味もなく執拗に『泉』の便器を発表し続けたら、それはもはや芸術活動とは言えなくなったに違いありません。変質者の事件扱い(苦笑)。
しかし、笑い事ではなくてそうした趣味や習慣のようになってしまう美術表現も、悲しいことに存在する事も確かです。上手に出来ることばかり繰り返していると、作品そのものに精気がなくなるのはそのためです。見る人に「それはその人の単なる習慣なのではないか」「上手く出来る事を単に楽しんでいるにすぎないのではないか」と感じさせてしまうからでしょう。そこで、1点1点、新たなテーマや目標を自らつくり挑戦して行く、そういう姿勢で制作していくことがとても重要になるわけです。
汲めども汲み尽くせぬ、まさに『泉』のような何かをみつけた作家にとっては、次々とテーマや目標が作品から自ずと与えられるものですが、これが出て来ない、一発芸みたいなものの場合は、とても苦労があることでしょう。
事実デュシャンは、作家活動を一時やめて、チェスの名手として活躍する時期があり、身をもって「遊びとは何か?」ということを真剣に考えさせる生き方をしていたと言えるかもしれません。
この人がなぜこのような難しい表現活動を実現しながら生きることが出来たかというと、パトロンであったアレンスバーグの存在があったためです。この人によって集められたデュシャン・コレクションの全貌は、今日フィラデルフィア美術館で見る事が出来ます。デュシャンの活動はこの人の存在があってこそ。そのコレクションが後の人類の文化に与えた功績は計り知れません。デュシャンのこの『泉』がどれ程の重要な意味を持っているかは、是非、河本信治氏の記事でお読み下さい。ガンダムや初音ミクの話しにまで及ぶ影響を知り、驚く方も多い事でしょう。美術活動というのは、そのように人間の世界を揺るがし、新しい創造を次々と生み出して行く力があるものです。
さて、このように同じテーマでさまざまな作家が自分なりの作品を展開して行く、模倣ではなく、パロディ、焼き直しとか、カバーバージョン、というような連鎖というものが、芸術表現には存在します。例えば、デュシャンの『階段を降りる裸体』(1912)という、未来派やキュビズムの作風の絵画があるのですが、これを知っていると、ゲルハルト・リヒターの『Ema』(1966)という作品を見た時に、感動が全然違うものになります。 リヒターは奥さんのエマが裸で階段を下りているところを、手ぶれで撮影したような写真を絵画として表現している代表作があります。これについては、こちらのサイトで画像付きで紹介されていました。
美術表現の連鎖という楽しみは、きっと美術史への興味へと導くに違いありません。美術館の特別展も確かに素晴らしいものですが、是非こういう暑い日には、涼しく人気の少ない美術館の所蔵品展で、美術史の流れに沿って作品を観ることをお勧め致します。
最後に、私の『FOUNTAIN(泉)』という作品をご紹介致します。
「泉」は今日寝室にある、という表現にしてみました。
南橋本マンションギャラリーMID OASIS TOWERS協力
これは私のキャンバス作品の『Aquaflower』という作品の画像を、新しくアレンジしてプリント作品にしたものです。
Aquaflower, 2008, 27.3×22.0cm,
acrylicgouashe on canvas
元の作品から全く変わってしまっているので、それとはほとんど気づかないのが普通かと思います。私はこれらの作品シリーズを蝶など昆虫の変態『Hypermetamorphosis(ハイパーメタモ)』に類似した表現と位置づけています。このシリーズの一番最初に「これだ!」と自分では手応えがあって出来上がった自信作です。でも、未だにこのシリーズを正しく評価して下さる方には出会えていません。時代に早すぎた表現なのだと思います。
この作品を2011年に個展で発表した時も、時期が悪かったのか、見に来る人がとても少ない結果に終わってしまいました。それでもたった一人ですが、この作品の前で、「買いたいのだけど...、凄く良いのも分かるんだけど...。」と言いながら、しばらく固まってしまった人がいて、手に汗を握る瞬間がありました。画廊のオーナーがつかさず「飾る壁がないのなら、トイレでもどうでしょう?」と一押し努力されました。「....」沈黙と共に、皆の脳裏に「トイレ??!」という衝撃が流れました。で、結局その人は買われませんでした。
その時に私の頭の中には、このデュシャンの便器がはっきり見えたことは言うまでもありません(苦笑)。そして、流石オーナーの言っていることは深い、とは思ったものの、それがその人に伝わったかどうかは確信を持てずに今日に至っております。
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