長野県立信濃美術館へ

先日散歩もかねて、近くの長野県立信濃美術館へ行って来ました。
途中、ちょっとした坂道があります。
写真は、そこからの眺めの1枚です。
長野をぐるっと取り囲む山並。
積乱雲が、山の湿度を吸い込んで、夏の気配を感じさせています。
この町で、私は今立ち、静かな制作の日々を過ごしているのです。

美術館では、『没後 15年 池田満寿夫版画展』と東山魁夷館の『初夏の予感』を見て来ました。
池田満寿夫が30代にニューヨークで制作した、初期の銅版画やドライポイント。
自宅に持ち帰りたいような小品が幾つもありました。
初めて、池田満寿夫の偉業に触れることが出来ました。

作家が前に出過ぎると、作品の真意を評価し難いものです。
池田満寿夫は、そういう作家だったと感じました。
おそらく50年もする頃に、ようやくその業績が改めて見直されることでしょう。

人が純粋に美術作品に向き合うためには、雑多の情報が一度忘却され、
残されたほんの一握りの美しい記憶が浮上して来なければならないからです。
それが神話というものです。

信濃美術館には、東山魁夷の記念館があります。
もうここに来て3度も通って、毎回の展示替えを楽しみにしています。
まじめで几帳面なお人柄を偲び、いつも襟を正します。
日本画家というのは、神格性というのを重んじる世界だと感じます。
人間臭い部分というのを見せないようにしていますから、
だからそれを堂々と見せた片岡珠子の異業が光るのでしょう。
そして東山魁夷の人間臭さが出ている部分は、あの白い馬なのだと思います。
私はそれを見る時いつも「見てしまった」という感じが残ります。
『道』の作品のように、日本画で具象と抽象のギリギリの境界を究め尽くす画家であって欲しかった。
だからやはり、長い年月を経て、いいものだけが残されていくような自然淘汰も、
ある意味幸せなことかもしれないのです。
それが出来ない不幸もあるということです。

以上は、生きている間に作家が有名になると、この自然淘汰ができなくなるという二つの例です。

私は、学生時代にフランスのコルマールへ一人旅して、
ドイツルネッサンスの画家グリューネヴァルトの祭壇画を見に行ったことがあります。
もともとはイーゼンハイム修道院のために描かれたもので、その修道院へも足を伸ばしました。
グリューネヴァルトの作品は、その祭壇画とわずかながらのデッサンしか発見されていません。
しかしそのスケールには、思わず跪かざるを得ない、そういうそびえるような存在感があります。
そしてそれで充分とも言えるのです。

これは「もっと残されていたら、と思わせるくらいが丁度良い」という一つの例です。

画家として活きながらも、有名になりすぎず、黙々と制作に励める状態がベストです。
今まさに私はそういう状態。
心から感謝して制作しています。

これも皆様のご支援の賜物です。
また本日、ご寄付が振り込まれました。
心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

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