花の色は うつりにけりな

相模原での暮らしは、それはそれでとても充実した日々でした。
17年過ごしましたので、自然に親しい人が出来、今でも懐かしく思う人ばかりです。
相模原での最後の住まいは3階でした。ベランダが北と南にあり、南の方は二部屋に渡って長く、バルコニーになっていましたので、そこで朝食を摂ることもありました。

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今の季節ですと、夕顔を育てていた時期もあります。
部屋を空け渡した時に、不動産屋さんから、「3階のバルコニーの植栽が無くなって残念です」と言われました。
いつも誰かが何気なく見てくれていたと思うと、それはそれで良かったと思います。
花は近くのおばあさんが店番をしている種屋さんで、ついつい買っていました。

しかし、水戸でワークショップのために2〜3日家を空き家にしなければならない時等は、気が気でありませんでした。お風呂の残り湯を活用して水やりをし、手入れをする毎日でした。そのせいか花も増え、冬を越して毎年咲くので、生き甲斐を感じる反面、家を空けられない制限ができていました。

この度長野の自宅を1階に決めたのは、土のある庭に既に植栽があったからです。自分で特に世話をしなくても、勝手に花が咲き、鳥が集まって来て、何て気楽なんだろうと実感しています。
相模原からは、ひとつだけ観葉植物を持って来ただけで、他は専門の業者に頼んで引き取ってもらいました。
手放した時に、とても心が痛みました。人間は勝手なものです。
とても反省をして、今後はむやみに植物を育てないようにするつもりです。

近くの家の庭には、さまざまな花が次々と咲き、長い冬から解放された喜びを見せるかのように鮮やかな彩りです。都会の花よりも、生き生きとしています。そういう花達を、だからといって私は自分で所有することはもうないでしょう。人間の世話のいらない自然のままの花がいいと思います。
いつもふらっと旅に出る、ブルジョア・ボヘミアンでいたいからです。

近くのお庭では、6月に素晴らしいバラが咲きましたが、先日その前を通ったら、7月の陽射しの強い日に、一斉に色を失っていました。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」(小野小町)

作品を個展に見に来て下さった人に、ちょっとお話をしたことがあります。

「花のように水やりもいらないし、手入れも必要ありません。
家族旅行をしている間も、枯れることなく、黙って主の帰りを待っています。
仕事が忙しく、たまの休みは家でじっとして居たい、そういう人にこそ、アートがおすすめです。」

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