我が家の一枚  故郷そして源流

50号作品制作の追い込みに入りましたが、ここでこれ以上筆を進めるべきか、止めるべきか、
かなり難しい判断が突きつけられています。

これ以上手を出したら、せっかくの調子が壊れるか、
それを越えてより素晴らしいものになるかの瀬戸際です(苦笑)。

欲を出してもいけないし、しかし今以上の高みを志向したい。。。
人は悩み抜いて成長します。

さて、そういう時には、小鳥のように、自由に翼を広げ、
自然の風に吹かれて飛んでみるのも、一つの方法です。
いつもとは、また違う視界が広がり、自分の立つ世界が違うものに見えて来るかもしれません。

そのような折りに、ある人から、1枚の油絵をちょっと見て欲しいと、言われました。
鑑定というと大げさですが、「こんなものが応接間に昔から掛かっているんですが、どんな絵なのでしょう?」と聞かれたのです。

送られて来た画像を見ると、遠くの山に霧がかかり、手前に川の流れのある風景画でした。
『黒部渓谷源流』という題名は裏書きされているようです。

サインは、Yoshiiまでは読めるのですが、その後に文字が続いているのか、読み取れず、
素人鑑定としては、作家をネットで検索して調べあげるところまでは出来ずじまいでした。

本当に世の中には、沢山のさまざまな画家が存在しますので、
時代や地域、テーマ購入経路など詳しく調べていかないと、作者がみつからないものです。

一昔前の作家は、特にネットに情報が記載されていないケースが多いので、
ごく一部の顕著に知られている画家の名前しか出て来ないのです。

しかしだからこそ、埋もれている画家が、どこかで息をこらして誰かの発見を待ち臨んでいる....
かもしれませんね。

この話しを、なぜブログに書くことにしたかといいますと、
作品の価値は一体どこにあるかを、あなたと一緒に考えてみたい
と思ったからです。

その絵を持っていた人は、「たぶんそれほど大した絵ではないのでは...」
というようなことを言っていたのですが、果たしてどうなのかしら?
と、そこで私は立ち止まったのです。

「大した絵」って、何かな?と。

それで、やはり、画家がどうとか、高いものらしいよ、ではなくて、
そこに何が描かれているか、それをまず見て感じたいと思いました。

そして、
その絵画がその人にとってかけがえのない関係というものがあるとしたら、
それは何か?そういう目で絵画を見ることが大切ですね。

絵の奥の霧に包まれる静かな山の表現と、それとは対照的な手前の川の源流の水しぶきの荒々しさ。。
自然の持つ勇壮さや荘厳さを表現しようとする画家の意図が、気持ちよく見る者に伝わって来る油絵です。

実際に見たら、筆のタッチや絵具の質感から、より多くのことを受け取ることでしょう。

きれいごとを並べるわけでもなく、なるべくありのままに、
しかし「黒部渓谷の源流が持つ厳かな秘密のようなものを、
この風景からどうしたら取り出せるだろうか?」というような描き手の声が、
絵の向こうから聞こえて来るようです。

まず、山の麓の川の源流を描こうとした画家の意欲に強く惹かれたのでした。

「源流」、普遍的で良いテーマじゃないですか。

そして次に、私はこの作品をたった1枚選んで購入し、家の応接間に掛けた人の気持ちに、
強い興味を抱いたのでした。

「源流に遡る」ということは、風景だけの話しではなく、
自分の生い立ちや、生命の源を振り返る「メタファー」すなわち隠喩であったりします。

そして、「われわれはどこから来て、どこへ行くのか?」
川は遡るだけでなく、その行き先をも指し示すのです。

そのような作品が昔からその家で大事にされている。
その家の持つ願いや、思いが、全てその1枚の絵に凝縮されているように思えてなりません。

人は皆、故郷を持っているものです。

自分とは何者か?を問う時、私たちは、そのつど育み、活かし、限定しているところの水源、
すなわち故郷に立ち返ります。そして自分が既にそう有ったところの「既有」ないし「由来」
が自己として告知されるものなのです。

かのハイデガーは、

「故郷を発つ、すなわち騒々しく殺到する非故郷的なるものが、
行く手をはばみ遮る時、われわれは自身の既有と由来から力を汲みつつ、
静かにこれを迎えうたねばならない」

と提言しています。

故郷こそが非故郷すなわち新地へと向かう力になる、という事実。

川が源流に遡りかつ、山から海に向かって流れ行くこと。

海は、命の源「生み」であり、「産み」であるということ。

その1枚の絵が、その人に語る内容は果てしないものです。

このように、1枚の絵を我が家に持ち、毎日ともに生活する、ということが、
絵画を真に経験すること
なのです。

たまたま今回出会った絵画は、期せずして、二重の故郷の意味を持って存在しています。
故郷の家にある、源流というテーマの絵画。

しかし絵画そのものが、故郷をテーマにしていなくても、
実は絵画そのものが、その人の故郷になることがあるのです。

建物は、時間の経過とともに朽ちていくのですが、
絵画はその家での経験をすべて背負って、ともに引っ越ししてくれます。

そんな絵画をお持ちなら、是非一生を懸けて、愛しんで下さいませ(笑顔)。
青い鳥を窓の外に求めていませんか?

家の外に美術や芸術があると思い込んでいませんか?

青い鳥こそ、我が家に翼を休めているものです。。。
我が家で日々、絵画に育まれる力。

その底知れぬ力を、是非多くの人に気づいてもらいたいものです。
そして、まだその1枚に出会えていない方がいるようでしたら、

是非、あなたの故郷、源流となるような1枚に出会える日が来ますように。。。。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です