大災害が起きた時ーその時私も時代も変わった

このブログに地震雲の事を書いたせいか、アクセス数が突然増えて、驚いています。
情報を求めて、ネットを検索している人が多いのでしょう。
こんな時に、少しでもお役に立てるようなことができれば、と思いますが、
画家はお呼びでないような空気。
私にしても、自分の生きる道をつくり出すだけで精一杯の毎日ではあります(汗)。

前のブログに書き込みましたように、こういう大きな事件が起きた時は、
自分の内面も同じようになっていると認識した方がよいようなのです。
これは私のこれまでの少ない経験から、直感として感じている事です。
被災地の人ばかりが窮地に陥っているのではないのです。
実は、これを読んでいるあなた自身こそ、窮地に陥っているのではありませんか?
人々の不安というものは、伝播し蔓延して行くものです。
どこかで、その不安を静めさせるように努力しなければなりません。

ガンジーは「世界に変化を望むのであれば、自らがその変化になれ」と言っています。

私は学生時代、ドイツに留学したのですが、折しも日本を出発という時に、
あのチェルノブイリ原発事故が起きてしまいました。
1986年4月26日のことです。
5月から語学学校の入学を申請してあったので、キャンセルせずに向かいました。
かなり、勇気が必要でした。
ドイツに到着して、しばらくは、口に入れるものに不自由しました。
というか、心配で食べる気持ちにもならなかったのです。
24歳の時でした。
海外で一人で暮らすという事に、とても不安を感じていた時だったので、
その不安はさらに大きく拡大してしまいました。
私の不安が不安を引き寄せたとしか思えないような事故だったと思います。

次に大きな災害と同調したのは、1995年のことです。
1月17日にあの関西淡路大震災が起きましたが、その2~3日前に地震の夢を見ました。
建物がどんどん崩れて行く中、沢山の靴が散らかっていて、その中から自分の靴を探す夢でした。
実はその時に就いていた職を辞めようと思っていたので、それは「自分探しの夢」とその日は解釈していました。
「自分の中の確固たる構築物がもろく崩れ去り、本当の自分を探すことになった」
そう解釈したのです。
それが奇しくも、本当の地震災害と同調しました。

こういうことは、細かい小さい事ですと、私の場合いつも起きていることなので、そう驚く事ではないのです。

それでももたもたしていましたら、とうとうあの3月20日のオウム真理教のサリン事件が起きました。

同じ1995年のことです。
この事件の数日前に、私は地下鉄の日比谷線の神谷町駅の近くのギャラリーに出掛けていました。
その時に、何のデモか知らないのですが、とにかくあたりが騒がしくなっていて、
胸騒ぎしながらギャラリーを見て、ドキドキしながら帰って来たのです。
その時の胸騒ぎと事件とはやはり私の中では同調していました。
誰かを頼って妄信し、その教えに支配されて盲動するような生き方だけはしてはならない、
そう強く感じていたのです。
それはその事件が起きてからというよりは、その直後に感じていた事が目の前に実証されたような感じ、
と言った方がより正確です。
「自分の判断、責任で自分の生き方を選びながら、自分で自分の人生をつくろう」そう決意したのです。
と同時に「これからは本当に自分の存在の意味を確かめるような生き方をしよう」と強く思いました。

2010年3月11日の直後、私はどういう状態でいたかを振り返りますと、
ちょうど私は「世界に向けて動かなければならない」
そういう流れで仕事を進めていたところだったのです。
ちょうど2月に岩手に行ったのですが、結局1泊もせずにとんぼ返りで帰宅し、
数日後に実は今年に予定されていた展示参加の断り連絡を2月中旬にしたばかりだったのです。
声を掛けてもらったのはとても嬉しかったのですが、どうしても展示のアイデアが浮かびませんでした。
むしろ、現地に実際行って、私がやるべきことは別の事だと気づいたのです。
平行して今年に入ってから、家財道具をヤフオクで、本はAmazonで売りながら、極力持ち物を減らしていました。
身軽にしながら、3月に入ってからは海外に作品を出す準備を進めていたところでした。

こうした私の動向は、何も突然あの地震をきっかけに起きていることではなくて、
すでに昨年から流れとして、自然に形成されて来ていたことでした。
真剣に時代の空気を読めば、そういう流れを感じないわけがない、とも言えます。
私の頭には、昨年から「飽和状態」という文字が浮かんでいました。
今まで居心地の良かった狭い世界に閉じこもったような生き方をしている場合ではない。
外へ外へと追い出されるような力を感じていました。

例えば、何気ない青い空の美しさとか、漆黒の夜の厳かな空気とか、心が震えるような自然の景色とか、
そういう感受性の豊かさを日本の社会が失っているようにしか、私には見えなかったです。
美術館や画廊で美術作品を見ている人の気持ちは、どこか忙しなくて鈍感、目が魚のように泳いでいました。
「急いで話しの種に話題になっているものを見たら、買い物して早く帰ろう」
そんな感じの人が多いように思われました。
何を見ても、何を言っても空虚な言葉しか戻って来ないような。。。

多くの人が、被災地の、本当の気持ちで生きている人たちの心の声を、テレビを通して目撃したと思いますが、
本当に人間が「生きている」という状態は、実はこういう時です。
本当は何も起きなくても、常にそうした状態で生活する事がベストだと思います。なかなかできませんが。。。

こういう時に、白い炊きたてのご飯は、今まで感じた事のないような美味しさを与えてくれるし、
お日様は、すごく暖かくて本当にありがたいと感じられるのです。
いつもお日様は、あたりまえのようにして万人に等しく光と温かさを与えているというのにです。。(苦笑)。
そしてあの失われた風景は、全て美しかった景色として頭に浮かぶようになります。
その時は、ありふれたいつもの風景だったのに、です。

そういうことです。

自然は、本当のことを毎日沢山おしえています。
でも人間は、悲しいことに、そのほんのわずかなことにしか気づけないのです。
感覚が鈍ってしまう状態があるということです。
残念なことに、苦しいとか、辛いとか、嫌な事を体験しないと、その感覚が戻って来ない。。。。

本当は、そんな経験等しなくても、生きていること、美しいこと、ありがたいことに、敏感でいたいですよね。

それには、もう一度身の回りのすべてのことに、真っ白な心で接する、
そういう時間を大切にする習慣をつくることです。

周りの情報や、煩いテレビ報道の音を一度消して、自分自身の本当の気持ちや状態を確かめる時間をつくってみましょう。
計画停電はそういう意味で良い機会です。
焦らずに仕事の手を休めましょう。
心の余裕の時間とするのです。
そういう習慣を持てる日常を勝ち得てから、ようやく芸術が求められる時代が来るのです。
まだまだ先のことになりそうですが。。。。

追伸1:

本のご案内。
こういうときにこそ、下記のV・E・フランクルの本を読んでみて下さい。お勧めです。
『夜と霧 』
『宿命を超えて、自己を超えて』

アウシュビッツのユダヤ人の歴史的な苦難を知る事で、この苦境を克服する力が湧いて来るはずです。
レビューに沢山の感想が寄せられていますから、参考にされると良いでしょう。
私は、苦境に立った時は、必ずユダヤ人の歴史を振り返ります。
アウシュビッツは、特定の時代の過ぎ去った事象ではなく、
「誰の心にも起こる、あるいは自分がつくり出す理不尽な閉塞感、受難の象徴」と私はとらえています。

追伸2:

浜松の友人から、無事かどうかのお電話を頂きました。
ご心配ありがとうございます(笑顔)!
私のブログをしょっちゅうチェックしてくれているようです。嬉しい!
でも、「難しい言葉でわかんないだもんで。。。」って言ってました(苦笑)。
実は分からない人ほど、生きる力がある人です。変な理屈ですけどね。
読書力がない場合は、必要がないからです。
心配せずに、自分の本能を信じて生きましょう!そのことの方がずっと大切です!

こういう時に、不安で不安で盲動しそうな人は、静かに読書したり、編み物、掃除、絵画制作がおすすめです。
ガンジーは、たしか無心に糸車を回していました。
単純な作業に没頭することは、精神衛生上とても良い作用があります。

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