ヨーゼフボイス

先日長野市立図書館からの帰り道、善光寺大門周辺で自然食品のお店を発見しました。店先に「酒粕あります」の貼り紙。早速買い求めて帰って来ました。厚木の酒蔵を持つ酒屋さんではただ同然でもらったことがありましたが、善光寺メインストリートではちょっとお高く、1kg450円でした。とはいっても、1kgあったら,相当楽しめます。板粕ではなくて、練り粕と呼ばれるタイプです。「今の時期は練り粕なんですよ」とお店の方。私は、練り糟ははじめてでしたが、とても使いやすいので、これからはこの時期に酒粕を買おうと思いました。

調べてみましたら、甘酒と酒粕とは違うものだそうです。甘酒は飲む点滴と呼ばれるくらいに、栄養剤と同じ成分が含まれているとか。酒粕はお湯に溶かして砂糖を加えて、簡易の甘酒として楽しむことのできるものと紹介されています。いずれにしてもとても栄養価が高く、アミノ酸が豊富。さまざまな効能があるようです。江戸時代の人は夏に甘酒を飲む習慣があったと聞いた事があります。甘酒売りというのが町をまわっていて、暑気払いに冷たい甘酒を飲んだそうです。今の時期に飲むのが正しい処方のようです。

ふくろうやらアワフキムシの鳴き声を聞きながら、夜、制作の合間にちょっと一休み。甘酒を楽しむようになりました。私はマグカップにお水と練り糟と黒砂糖を入れて、しばらくよく混ぜ合わせ、それを電子レンジでチンして頂いています。長野の夜はこのところ20度近くまで冷え込みます。外を歩く人が「さむっ!」と小走りに歩く声が聞こえる程です。甘酒を飲むと身体も心も温まり、また制作に向かう力が漲ります。

ちなみに長野市立図書館ではドイツ現代美術作家ヨーゼフ・ボイス関係の図書を2冊借りて来ました。氏曰く、「これからは誰もが芸術家であり、世界彫刻に参加するのだ!」この真意を知りたく読んでみました。私は、その意見に賛同しますが、彼のカリスマ性には、ちょっとついていけないかもしれません。社会活動家として民衆を煽動して行くような感じを受けなくもありません。そういう時代は、もう過ぎ去ったようにも思えるからです。でも言いたい事はなんとなくわかったような気がしました。

私はむしろ、ドイツの現代作家では、アンゼルム・キーファーが好きです。ベルリンにあるハンブルグ駅現代美術館で2005年11月に見た作品には圧倒するものがありました。

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左手前の鉛の本棚には、何か人類の知に対する畏怖のような、ずっしり胸に来るものがあります。作品としてものを残す活動、この重要性を再認識したいと今は思うのです。こういう時代だからこそです。

次はジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』を借りてみようかと思っています。

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