福島の少女のことー「困難」や「限界」の創造性

早朝、ラジオから「福島」の情報が聞こえて来ました。

現状を伝えるドキュメンタリーをつくった女性が「福島の人たちは、ただお金を与えられても、生きる気力を失って、どう生きて行けば良いかわからなくなっているんです。」と力を込めて伝えていました。

福島という場所に、私は一度だけ行ったことがあります。
立ち寄っただけなのですが、確かに一晩泊まりました。
たぶんあれは、1989年か90年だったと思います。

私は当時1989年から1992年までの間に、毎年夏になると北海道のあちこちを旅していました。
函館、支笏湖、小樽、札幌、旭川、釧路、根室、知床半島、稚内、利尻島、礼文島...。

ドイツ遊学で知ったバックパッカーの生活を思い出すようにして、寝袋と生活に必要なわずかなものだけをリュックに詰めて放浪する、貧乏旅行です。
青春18切符か、郵船を使っていました。
北海道には、ライフラインが整ったキャンプ場があちこちあって、よく利用しました。
でも大抵そういう場所は、かなり辺鄙なところにあります。

函館では、キャンプ場が遠すぎて、ヒッチハイクしたこともあります。
小樽では、港の公演のベンチで寝て、かもめの声で目を覚ましました。
暗い所で、寝袋に入り顔まですっぽり被ってしまうので、気付かれることがありませんでした。

とにかく1日中歩き続けます。
休みたくなると、スケッチブックを取り出して、簡単なスケッチをしました。
食事は、トウモロコシとかジャガイモなどを1個買いして、リュックに入っているアウトドア用のコンパクトな鍋とバーナーで料理していました。

当時、中国からインドに仏典を求めて歩いた玄奘三蔵に憧れていたので、その練習のような気持ちがあったかもしれません。
それは、絵を描いて生きて行こうと決意するちょうど1年前であり、実際に作家活動する5年程前のことでした。

そんな旅を終えて、北海道から鈍行電車を乗り継ぎ、ちょうど福島駅で次の朝まで電車を待つことになりました。
とても大きな駅で、行き交う人がほとんどなくても駅周辺はいつまでも明るく、がらんとしていました。
寝場所を探すのに苦労しました。
それでも人の波が途切れるまで待って、寝袋に入ることにしました。

と、そこへ一人の女の子が近寄って来ました。14〜17才くらいでしょうか。
「どうして、こんなところで寝れるの?」
逆に私は
「どうしてこんな時間に女の子が駅前をふらふらしているんだろう?」と思いました。
風天な娘かもしれないので、少し警戒しました。お互い様でしたでしょうが(苦笑)。

私:「北海道から横浜に向かって鈍行で帰って来たら、電車がなくなったから、ここで寝るのよ。北海道でもこういう風に寝ていたから。」
少女:「どうして?」
私:「お金を節約しながら、なるべく長く遠くに行きたいから」
少女:「北海道で何をするの?」
私:「1日中歩いて、たまにきれいな場所があると休んで絵を描くの。」
少女:「いいなぁ、私もそんな生活してみたい。私、家にいるのがつらくて、こうして夜になるとこっそり抜け出すの。」
私:「何で?」
少女:「私、家の人に相手にしてもらえないの。お父さんもお母さんも、仕事仕事で、私のことなんかどうでもいいのよ。」
私:「家の人なんか気にしないで、自分らしく生きたらいいじゃない。」
少女:「私ここにいるのが辛いのよ。人も町も、ある時から変わってしまって...。小さい頃はこんなじゃなかったのに...。」
私:「何か、自分がしてみたいことないの?」
少女:「わかんない。お姉さんは、何?」
私:「ギクッ!私も、旅をしたり、絵を描いて探しているってところね(汗)。」
少女:「そっかー(笑)」

その時彼女の言っていることは、この駅が大きく真新しいことや、駅周辺ががらんとしているのに明るいことと、何か関係があるのかもしれないと思ったものでした。

私は「福島」と聞くと、この少女のことがまず頭に浮かびます。
そして、あの3.11の時にまず気がかりだったのも、この少女のことです。
あれから北海道に行けただろうか?
家の人とはうまくやっているのだろうか?
自分らしく生きているだろうか?

ラジオからは「人はお金だけでは生きられないんです。」という言葉が流れていました。

そう、「人はパンのみにて生くる者に非ず」。

皆、自分らしく生きることを求めているのです。

話しがちょっと変わりますが、前回の記事で、私のことを心配された方から「生活保護を受けてはどうか?」というアドバイスを頂きました。
「日々の暮らしの経済的な不安の中で、落ち着いて制作出来ないのではないか?」という危惧からです。
私自身も一時そう思い、生活保護について調べ、市役所にも相談に行ったことがあります。
そして結論として、受けることが出来そうにないこともわかりましたが、同時にリスクが大きいことも知りました。

一度受給し始めると、断ち切れそうにありません。
毎月入って来るお金を止められないように、ある収入以上のお金を稼がなくなります。

絵画を制作する人にはいろいろな人がいます。
作品はそもそも売れないと割り切ってしまう作家。
一般受けする作品を、販路を手広く持つ画廊で発表する作家。

私の場合は、そのどちらでもなくて、自分にしかできないような絵を、細々と何とか売りながら生活することが理想です。
売れ筋の絵が売れることよりも、一般受けしそうにない絵が売れることが、どれ程の励ましになるか、はかり知れません。
その励ましと収入をエネルギーにして、次の制作へと向かう「循環」が起きて来ます。
この循環が、「生かされていく」という自然の摂理と一体化することになるのだと思うのです。

私はまだ完全ではなく、自分を信じる力が足りません。
過信しない程度に、自分を信じる、その度合いが掴めていないからです。
それは徐々に自分で確かめながら、経験的に知るしかありません。
自転車で言うなら、ご寄付は補助輪です。
何とか支えて頂いています。
しかし、作品が日常的に売れる経験を積んで行けば、次第にその「循環」が自然に定着して行くのではないかと感じています。
ちょうど補助輪なしで、何度も転びながらバランスを体得して自転車が乗れるようになるように。
だから、いつ誰から寄付が送られて来るかが分からない方がいいし、おそらく自然に寄付が絶えたとしても、作品からの収入で生きられるようになるのではないかと、希望的観測を持ち続けるようにしています。
そして、与えてもらったものは、必ず何らかの形で自分も与えられるようになるはずだと思ってやみません。

人はたいてい「困難」や「限界」をなるべく避けて安定を求めてしまう。
しかし、そのことで失われるのは「実存」です。
漠然とした、自分の存在を確かめられないという悩みが始まります。
ひとつの問題が解決されると、次にはまた別の違う問題を見つけて悩み出すのが人間の常なのです。

そして、制作にはこの「実存」は欠くことのできないものです。
実存のない作品とは、誰が描いても同じだと言っているような作品です。
何か「のっぴきならない」自分を制作を通して確かめようとするからこそ、その人らしい作品が出て来ることになるのであって、その「のっぴきならない」心情が、この「困難」や「限界」で生まれるものだと思います。

ですから、「困難」や「限界」にこそ創造性の源泉があるとも言えるでしょう。
それは自ずと誰にでも与えられます。
ただ、それに対峙して、飛び込まなければならないのです。

それを上手に教えてくれる動画をご紹介します。
これはアーティストの生き方だけを教えるものではありません。
どのような人も、「ハンディを受け入れる」ことや「限界に目を向ける」ことで、その人特有の「困難」を克服し、それを個性として、創造的に生きられることをこの人は教えています。

フィル・ハンセン TEDトーク『震えを受け入れる』

*PCでは、日本語訳テロップが読めるようになっています。

お財布と冷蔵庫の中身

ブログにこういうことを書くのははしたないと思って書かないことが幾つかあります。
例えば、その一つが経済的に厳しい状況を説明する記事です。

何度もご寄付を送って下さる方や、思いもよらない方がご寄付を送って下さった後に、
さらにご寄付を呼びかける記事を書くのは、とても心苦しいものです。
ここまで、ご寄付が集まってやって来れただけでも、十分なのです。
これ以上どうしたら良いのか、一時は記事が書けなくなり、途方に暮れたこともありました。

それでも、冷蔵庫を開けるたびにガランとし始めると、「どうにかしなければ」と思い始めます。
二日前に果物がなくなり、一昨日人参がなくなり、昨日は最後のじゃがいもを使い果たしました。
その時お財布の中を見ると、600円程あり、栄養で足りないものを慎重に決めて買うことにしました。
3日前、58円の納豆3パックと138円のヨーグルトだけ買いました。
これで、カルシウムやたんぱく質を補えます。

冷蔵庫にひとつまみのとろけるチーズと自家製ジャムがタッパーの底に3回分。
緊急時用のナッツ、コーヒー、鰹節はまだ大丈夫。
味噌は、約2週間分。
野菜室は、ネギが5cm、大根5cm、ピーマン1つ、長芋3cm、キャベツ1回分、きゅうり半分、トマト1個半。
冷凍庫には、パンが約3日分。
主食の玄米とパスタは当分あるし、そうめんも2回分あるので、何とか1週間は食べれそうな気配です。

お財布の中の440円をどう使うかは慎重にしなければなりません。
銀行の口座には、かき集めても900円ちょっと。
県内にない銀行の口座なので、ATMから引き出すのは難儀です。
1000円単位でしか引き落とせないからです。
それでも全く無いよりは心強いものです。

こういう時には、料理の腕を発揮して、とびきりに美味しいものを少ない食材で作ります。
一昨日の晩に最後のうどんで作ったカレーうどん。
素麺のつゆとカレーフレイクとネギ少々で十分美味しく頂くことが出来ました。

昨日のお昼の最後の人参半分のきんぴらも、醤油の加減が良くて芳ばしく出来ました。

晩は、大事にし過ぎて白くなってしまったキャベツと最後の1個のジャガイモのすり下ろし、お好み焼き粉で、美味しいチゲ風お好み焼きが焼けました。

卵は1ヶ月くらい買っていませんが、今のところ問題がありません。
ケチャップとマヨネーズもないのですが、何とかなっています。

そうです。
「どこまで頑張れるか、挑戦する気持ちで、残りの食材を工夫して美味しく食べて、後は制作に集中しよう!」
そう自分に言い聞かせます。

そうは言っても、頭の片隅で問答が始まります。
「そろそろ手紙かメールを書いた方がいいんじゃない?」ー「誰に?」
「暑中お見舞いの葉書はどう?」ー「もう残暑お見舞いよ」
「展覧会のチラシが出来たら送るついでにっていうのは?」ー「チラシが出来て来る前に多分食べるものは無くなっている」

そんな時に読む星占いにはこんなことが書かれていました。

『何も解決する必要はありません。結論に到達する必要もありません。深く関わる 必要もありません。取引をする必要もありません。話をつける必要もありません。無理してまでそうする必要はないのですが……それでも行動を起こしたくなるかもしれません。もし行動を起こしたくなったら、自分の気持ちを抑(おさ)えるよう努めてください。「行動を起こす必要はない」ということをしっかりと肝 (きも)に銘じておきましょう。義務感に駆られて行動を起こさないように。本当にやる気になった時だけ行動を起こすよう心がけてください。あなたが思っているよりも時間的な余裕はあります。』(8月4日 ジョナサン・ケイナー)

ジョナサン・ケイナー恐るべし!

最近は、ようやく行動を起こす前に慎重に経過を見守れるようになって来ました。
それは消極的というのではなくて、信頼することに繋がると思うからです。
すでにやるべきことはしているのです。
私がするべきこととするべきではないことの分をわきまえなければなりません。

こういう時は、無いということに集中するのではなくて、まだあるものに目を向けることが鉄則です。
そして、節約方法について考えます。

インターネットのプロバイダーの契約を明日見直すことにして、昨晩は早めに床につきました。
そこに1通のメールが届きました。

「氷の誓い」を見た旨の感想が書かれていました。
その人は3度も画廊に足を運んで見て下さったそうです。

「何か、大変、強くて求心力がありながらも爽やかで、これまでの貴方の作品とも違うものが感じられました。」と書かれていました。

そして「見る度に受ける感じが違うので、二度目までは、どう受け止めて良いかよくわかりませんでしたが、」
3度目の正直で作品のご購入を決めて下さったとのことです。

窓からは、ひんやりとした心地良い空気が流れて来ます。
私はホッとして、眠ることができました。

ということで、皆様にご心配おかけしておりますが、今月も何とか無事に制作出来る見通しがつきました。

ありがとうございました!

大腿骨頸基部骨折回復記録−5

2月に右大腿骨頸基部の骨折をしてから、半年が過ぎました。
8月3日に定期検診があり、レントゲンの結果、定期検診はこの日が最終日となりました。
お陰さまで、今のところは無事に回復に向かっているようです。

頸基部に異常な形態がないかどうかがレントゲン画像で確認され、医師から説明を受けました。
骨に血液が回らなくなると、折れた部分が次第に壊死して形がぼろぼろになるそうで、今のところはその兆候は観られないということでした。
でも足の長さが5ミリ程短くなったそうです(トホホ)。
何となく不安のよぎる話しではありましたが、それは想定内の変化だそうで、心配はないそうです。
そう言われてみると、何となく今までのバランスと違うようにも感じて来ます。

実際に折れた部分が本当に接続出来たかどうかは、レントゲンでは確認出来ないそうです。
「骨がボルトで止まっているだけの場合もあるので、ボルトを抜く手術は、余程の事がない限りは止めておきましょう。」
ということでした。
ボルトが骨に馴染むと、逆に抜く手術も困難になるそうです。
反対に、再び同じ箇所を転倒などで損傷するようなことがあると、今度はボルトが凶器になる可能性もなくはないそうです。
くれぐれも、転倒だけはしないように注意しなければなりません。

普通に買い物に出かけるくらいは、何も困る事がないのですが、駅のホームの階段を上るのだけが唯一困難です。
右足で1段上がろうとするとお尻と腿に激痛が走ります。
長らく右足を安静にしていたために、右のお尻と太ももの筋肉が全く衰えてしまったのです。
日常生活、とりわけラジオ体操も出来るようになっていて、すっかり油断していました。
調べてみると、過度なリハビリも良くないそうです。
これから少しずつ自分なりに工夫して、出来る範囲で、無理せずに筋力アップのリハビリを心がけるつもりです。

今回病院に定期検査で通ってみて、一つ気付いたことがあります。
医師は、手術と検査をしても、回復するための治療は一切しないということです。
痛み止めと化膿止めの投薬は、退院後しばらく飲みましたが、それは治療ではありません。

看護師さんがおしえてくれたのですが、骨折は、必ず誰でも治るのです。
骨って、凄いものですね。そして人間の身体は本当に素晴らしいと思いました。
痛いという事も、「身体を大切にしなさい」ということを伝えるためなのだと気づき、つくづくありがたいと感じました。

そして治療の必要がないのは、とにかく身体が本来持っている「自己治癒力」に任せるしかないからなのです。

つい私たちは、骨折を早く治す薬があるのではないかとか、骨折に効き目のある食べ物があるのではないかと考えがちです。
しかしよく考えてみると、この「早く」治すということは、どれほどの価値と意味があるのでしょうか?
「早く」と言っても、人それぞれの個人差がありますし、実際どのくらい短縮したら、納得出来るでしょうか?

よく考えてみると、私のように制作になんら支障がなければ、知らないうちに回復してくれれば事足りるので、「早く治す」意味がありません。
痛みを抑えるために、シップ薬を処方して頂いたのですが、気になる程の痛みがなかったので、実は全て制作の疲れをとるために肩に貼って使わせてもらいました。

私の自己治癒力がどの程度うまく行くかは、今後痛みのシグナルでわかるそうです。
壊死してしまった場合は、痛んで来るそうで、その時は人工股関節を入れる手術を考えなければならないそうですが、使える限りはなるべく長く自分の骨で耐えて行く事も必要になるそうです。人工股関節にすると、しゃがむことが出来なくなるからです。

しゃがむことができなくなると、制作方法にも変化があるかもしれません。
でも、よく考えてみると、その変化が作品に何らかの変化を与える事となり、それが良くなるか悪くなるかは、足には関係なく、制作する気持ち次第のように思えて来ます。ですから、どちらにしろ制作が何とかできるのであれば、例え不自由な事があっても、何とかなりそうな気がしています。

ありがたいことに、今こののような経済的困難さの中でも、制作は出来ているのです。
困難さが二つに増えても、耐える気持ちはさほど変わりはありません。
逆に困難がまったくない人など誰一人としていないことでしょう。
皆、何とか工夫して生きているものだと思います。

それにしても自己治癒力がうまく行くか、行かないかは、損傷の受け方の運に左右されることはもちろんですが、
自分の身体の力に賭けるしかありません。

生命の力のようなものは、いったいどこから湧き出るのでしょうか?

今朝ベルクソンの『精神のエネルギー』をもう一度最初から読んでみました。
この本は「意識と生命」という項目から始まります。

ベルクソンは、物質と生命との違いとをこのように区別します。
物質が行う事で予見不可能な事はない(例えば日食や月食)のですが、生命は選択をするので、予想が不可能なのだというのです。

なるほど、物質の変化というのは、ある決まった規則性があるので、その法則を知ることができれば不可思議な事がなくなります。
しかし、生命あるものは、必然性にゆだねる時と、意志の力で選択する時とがあります。
意志ではどうにもならない時のことは、何となく必然に流されて結末がわかるけれど、意志の力で行った事は、かなりジタバタした上で、予想外の事が起きて来るものです。

実際、私の骨折が大怪我になってしまった原因は、実はこのジタバタの結果でもあり、自分でも落ち着いて対処しなかったことによる出来事なのです。

しかし、ベルクソンは「生命は必然のなかに入って、必然性を生命のために役立たせる自由」があるだけでなく、
人間だけは突然の飛躍が出来るといいます。
それは他の生命体が予想出来ないかたちをつくれたとしても、「生きる」ための幅の狭い選択であるために、一度創られると機械的に反復させてしまうからです。その自由が鎖に繋がれていて、その鎖を伸ばすことぐらいしかできない程度のものなのです。

しかし、人間の選択の幅は、ダイナミックです。
たとえその日食べなくても、種の保存と関係なくても、好きなことのためには一生懸命になれるという、他の生命体ではありえない選択が起きて来るからです。

人間の力は底知れません。

私に飛躍があるとしたら、それはこの経験を通して得られた気づきです。
この気づきは、ただ制作に埋没していては得られなかったものです。
そしてこの気づきから、自分の身体に対する信頼といたわりを学びました。
それは、制作への図り知れないエネルギーとなっています。

ベルクソンのこの本には、他にも多くの重要な事柄が書かれていますが、今はうまく文章にすることはできません。
ただ、感じたのは、自分という存在はこの大きな世界の中であるべくして存在し、周囲との関係でものごとはうまく成り立つようになっている、どのようなことが起きても、何ひとつ間違いなどはないということ。
今こうして自分が存在することも、世界が求めてそうあるようにしているらしい、そんな感覚です。

ハツユキソウ

hatuyukisou

ここ最近は、涼しくカラッとした秋のような天気が続いています。
朝を告げる鳥とともに起床し、しばらく制作してからラジオ体操、
土地の旬の果物ネクタリンを頂いて1日が始まります。

今朝、選挙に行った帰りに、見たことのない白い可憐な花に目が止まりました。

「ハツユキソウ」だそうです。

花が咲く時期に、葉の縁から白くなり、斑入りになることから、そう名づけられているそうです。

夏にもう初雪??

皆様にも涼をお届けできますように。

ちなみに花言葉は、「好奇心」。
なるほど、つい花の名前が知りたくて調べてしまいましたから(笑)。

追伸1:ドライポイント・リトグラフをお買い上げ頂いた旨、画廊から連絡がありました。
心からお礼申し上げます。1998年に制作した意味が今になって、ようやく分かって来たところです。
とても励みになります。ありがとうございました。

追伸2:「制作について何でもいいから書いて下さい」というリクエストがありました。
実は、来月に展覧会カタログに寄せる原稿を書かなくてはならず、制作ネタをストック中のため、ブログでの公開がしばらく難しい状態です。
すみません。制作は、いつもの調子で進んでいますので、ご安心下さい。

 

金網フェンスを通り抜けるスズメ

今日その光景は、まるでスローモーションのように見えました。

菱形金網のフェンスをスズメがくぐり抜けて、飛んで行くのです。

菱形の網の縒りの部分に小さな足でしっかり止まり、一瞬静止して頭を低くしてくぐり抜け、
前のめりになったかと思うと、さっと翼を広げて飛び立ちます。

翼を傷めることもなく、いつもの習慣であるかのようにして...、
まるで躊躇している様子もありません。

それを全く別のスズメで、続けざまに2度見たのでした。

けっして、ある特殊なスズメだけに許された行動ではないと言っているかのようでした。

私には、これが私へ向けられたメッセージのように思われてなりませんでした。

この光景を見た後に、とりあえず落ち着いて、無事に先月末の支払いの一部を解決することが出来ました。

あと一つ解決すべきは、6月家賃の延滞分です。
これは10日までに解決しなければなりません。

あのスズメは想像もしないような小さな金網の穴を、見事に通り抜けて飛んで行きます。
フェンスの上を飛ばずに、むしろ面白がって、わざわざ穴をくぐり抜けているかのようです。

目の前の壁を通り抜けられないのは、自らがそれを壁と思い込んでいるからです。
壁に穴が無数に開いているにもかかわらず、人はその前で「スズメでさえも通り抜けられない壁」
と普通は判断して諦めてしまっているのではないでしょうか。

小鳥たちから人生を楽しむ術を教えられました。

世界を自分事として見ていると、世界は私に必要なメッセージを伝えてくれるようになるのだと思います。

ひとつひとつの事柄を大切にみつめる目を持ち続けたい。

自分が気付かないだけで、実は沢山のメッセージが毎日のように届いているのかも知れません。

よく目を見開き、世界に心を開示して行かなければなりません。

マニエリスムなるもの

下地塗りの作業は、とても単調なので、そこからのインプットもアウトプットもあまり期待出来ない。
そこで、作業の合間にドローイングをしたり、本を読んだり、収納整理をする日々が続きます。
それも掛け替えのない重要な時間です。

今朝は、突然「マニエリスム」のことが気になり、調べていました。

なぜ気になったかというと、ここ数年例えば一昨年の横浜美術館の松井冬子展、昨年の国立国際美術館のエルグレコ展、今年のフランシス・ベーコン展の盛況ぶりといい、美術館がこのタイミングで取り上げる意味がとても気になる、というかそういう時代なのだと府に落ちるからです。

私の中では、これらは一つの線で繋がっているように見えます。
その線とは、例えば「マニエリスム」という言葉に集約できるのではないか、と。

これらの作品がというよりも、むしろ観衆が「マニエリスムなるもの」への興味本位で見に行く美術展になっていると思えるということです。

確か西洋美術史では、ルネッサンスの終末には、
それまでの理想美とか、自然美というものに人間は飽きたらなくなって、
より刺激的で奇怪で神秘的なものを求めるようになった、というような解説だったかと思います。

そこで、その次はどういう時代だったのだろうかと考えてみると、西洋美術史ではバロックとう時代になるわけですが、この変遷のようなものを知っておく必要があると思い、いくつか参考になる図書を探してみました。

グスタフ・ルネ・ホッケ著、『迷宮としての世界(上・下)――マニエリスム美術 (岩波文庫)

アーノルド・ハウザー著、若桑みどり訳『マニエリスム 上・中・下巻―ルネサンスの危機と近代芸術の始源 (美術名著選書 12 13 14)

若桑みどり著『マニエリスム芸術論 (ちくま学芸文庫)

若桑みどり氏の著作は、大学生の頃に数冊目を通しましたが、当時はマニエリスムにまったく関心がなかったために、あまり深く立ち入らないまま通り過ぎてしまいました。2007年に亡くなられていたことも今朝はじめて知りました。改めて、その研究の重要さにやっと気がつくことができたように思います。

さて、これまでは「マニエリスム」というものは、単なる様式的な特徴(例えば長く異様に引き延ばされた身体表現等)でしか認識していなかった私ですが、より人工的なものへと価値基準が移動していく時代の、これは近代への予兆であったというような解釈もあるようです。

そして、近代に至るシュールレアリスムや抽象表現にさえも共通の性格を認めて、広義に使われる用語になっているらしいことを知りました。
言うなれば、アジア的なものやアニメ、漫画のようなものまでここに加えられるのだとか。
「マニエリスム」なるものが、現代美術の中に今も息づいているというよりも、「マニエリスム」なる側面は常にどの時代にもどこかに存在するけれど、そういうものが浮上しやすい時代傾向がある、というべきなのでしょう。

そもそも「マニエリスム」とは、フランス語読みであって、英語では「 Mannerism=マンネリズム」と表記されます。
過剰、飽和状態が続いた後に来る頽廃的なイメージが強い用語ではあります。

さっそくAmazonの欲しいものリストに上記の本を加えておきました。

内なる自然に従って描くということが、私のこれまでの制作のあり方です。
たしかにヘーゲルの著作を少々齧り、人間中心主義的な考え方に触れると、一方で自分の中の人工的なものに目を向けざるを得なくなって来ます。
それを作品として出すか、出さないか...、一人の作家とは時代が創り上げているものである一方、しかし、その中にさらなる時代を予感するものが期待されます。

そこで私は、今を冷静に見つめる目を持つ一方で、来るべき時代を読み、その萌芽が作品になっていなければならない、そういうことを考えながら制作しています。

大腿骨頸基部骨折回復記録−4

お陰さまで、家の中は不自由なく歩けるようになって来ました。
制作への集中力もまた元に戻って来た実感があります。
しかし、くしゃみと寝返りには、激痛が走る瞬間があり、困らされています(苦笑)。

ほぼ毎日のように、お見舞いのメールや美術館での展示を見に行って下さったご感想を頂いています。
返事がなかなか書けず、失礼しており、申し訳ございません。

「風はみちびく」については、送った方からこのようなご意見を頂きました。
ありがとうございます!

「風はみちびく」良いタイトルですね。
以前も申しました通り、私はタイトルはあまり気にしないタイプですが、
今回は、川田さんのお手紙にもありました、
「新しい道をきっと風がみちびいてくれることを願ってやみません」
のお言葉も手伝ってか、心に響きました。
すると不思議なことに、頂いた絵も、無題で見る場合と違って見えました。
風の音とか、季節とか、天気とか、周りを舞っている、葉っぱとか、花びらまで感じられました。
ただの線だけではなく、有機的な情景も感じられました。
タイトルも絵の一部を担っていると、充分思いました。

これまで、絵だけで純粋に表現しようと思い過ぎていたところもあり、たまにこういう作品があってもいいかなぁと考えられるようになって来ました(あまり文章やタイトルに頼り過ぎてもいけないとは思うのですが)。

感想を下さった方には、作品の題名の由来を書いてお返事しました。
ここでもご紹介したいと思います。

「風はみちびく」は、最初は仮題として「枯れ木に花を」と名付けていました。
「花咲か爺さん」のお話しが頭の隅にありました。
お手紙の最後に、
「この作品を見る人が、自分なりの花を咲かせて下さるように、あえて花は描きませんでした。
どうぞ、この枯れ木に心の花を咲かせて下さい。」と書きました。

しかし、下書きをしている段階で、送り先の年配者の方たちのお顔が浮かび、
「枯れ木」は失礼とも思い、削除し、作品の説明文から
「風はみちびく」という言葉を捻出しました。

「花咲か爺さん」の話は、私の制作にとても通じる内容を読み取ることが出来ます。
正直な気持ちで、キャンバスに向かい、自分の中のポチが、
「ここ掘れワンワン」と鳴く声に耳を傾けて、
キャンバスに塗られた絵具層をスクラッチ技法で掘り進めるからです。
自分が正直でなければ、ガラクタの山、正直であれば、宝の山が築けます。
ポチは正直でないお爺さんに殺されて、骨になりましたが、
それを正直な爺さんが枯れ木に撒くと花が咲きました。

誰もが心の中に正直な爺さんと、そうでない爺さんを持っていそうです。
あるいは、正直爺さんとは無意識のことであり、
正直でない爺さんとは意識のことかもしれません。

向月台」というブログ主様からも、沢山の感想をお寄せ頂きました。
謹んで拝読させて頂きました。
そのほんの一部をご紹介させて頂きます。

「風はみちびく」は、ほんのりと赤茶色の色合いであることに気づきました。これが黒一色であれば、先の見えない荒涼とした不毛な真冬のような情景になってしまいます。しかし、かすかに暖色方向の色であることによって、期待や希望の萌芽・向日性などを内包していることが感じ取れます。(これがピンクや赤であったら、能天気で無分別であったり、ギトギトしてトゲトゲしい欲望むき出し、になってしまいますが…笑)
良いことも悪いこともあった様々な経験を経た上で、今がある。選択されなかったもう一方の自分自身の欲望が心の奥から突き上げてくる事もあるけれど、それもこれも肯定的に飲み込んで、白と黒の枝が複雑に絡み合うようにしながら、今の自分自身は構成されている…。まっすぐ天に向かって伸びているのではなく、風雪に横ざまに吹き付けられて今の姿はあるけれど、新芽はまっすぐに伸びる…!今現在はそんな事を想起させられる「風はみちびく」ですが、5年後10年後はどんなであろうか…?

ブログ主様は、「秩父25番・鬼女」の写真を私にご紹介して下さいました。
「鬼女」怖いですね〜(苦笑)。

私は、次のような画像とともに我が家に言い伝えられる次のような「鬼子母神」の話しを書いてお返事にしました。

私の母は、3歳の時に、丹毒という病気にかかり、全身が腫れ上がって、死にそうになったのですが、曾祖母がこの鬼子母神に拝みに行って、一命をとりとめたそうです。
その一命をとりとめた時に、曾祖母は裏のお稲荷さんの上空を、鬼子母神を祀る寺に向かって、長く大きなしっぽを持つ白い狐が飛んで行ったのを見たそうです。
母の生れ育った三浦は、今でも陸の孤島と呼ばれていて、昔からの言い伝えと現実とが混在するような場所です。
私はそういう話しを沢山聞いて育ちました。

しかし、お写真の鬼女はもっと怖いような、リアリティのある像ですね。

不気味なもの、恐ろしいもの、そういうものから目をそらせてしまいがちですが、逃げれば逃げる程、それは襲いかかって来そうです。
むしろそういうものと対峙して、なぜそれが自分にとって恐ろしいのかを、問わなければならないような気がします。
つまり恐ろしく思える自分の中にこそ、恐ろしさがあると自覚しなければならないのでしょう。

実はこういうことがありました。
もう20年くらい前の事ですが、私はその日横浜の繁華街で、ぼーっと歩いていたところ、突然自転車が目の前に突っ込んできました。
その瞬間、スローモーションのように自転車があたるであろう部分に、先に痛さが生じたのです。
そして、その自転車は、私にぶつかる事もなく、すっと避けて行きました。
その時に気付いたのです。何かがぶつかるから痛いのではなく、痛みというのを自分の意識か身体がつくっているのだと。
痛みは確かに先にあったのです。しかし、安心した瞬間にさっと消えました。

今回骨をおりましたが、自覚がないほど痛みがなかったために、私は救急車を呼ぶということを考えられずに、
治療を先延ばしにしてしまい、返って悪化させたかもしれないと言われましたが、
こういうことも全て自分の意識がつくっているとしたら、それは一体どういう意味があるのだろうかとずっと考えているところです。

また、何かはっとわかるようなことがありましたら、ぜひブログに書いてみようと思います。

伊豆大島波浮港の松の思い出を重ねて「風はみちびく」のご感想を書いて下さった人がいます。
この方は、「嵐の中に堂々とそびえ立つ黒松」を見て、このような松のように生きようと誓った時のことを書かれていました。そして、復活祭(Easter) の日にとして、次の文章が添えられていました。

人は自然という現象を見ながら生きていく意志や心、優しさや愛、厳しさや無常、美、ときには神などを感じることがあります。
あなたの「風はみちびく」にはどのような予感が込められているのでしょうか?

素晴らしいご感想を私だけのものにしてはもったいないと、皆様に了解を得てブログに掲載させて頂く事に致しました。本当にありがとうございました!

大腿骨頸基部骨折回復記録−3

昨日は、朝4時半に目が覚め、制作。
実は、寝返りを打つ度に痛くて目が覚めてしまうので、あまり長く寝ていられないのです。

でも悪いことばかりではありません。
長野ではじめて、鶯の声を聞きました。庭先に春が訪れたのです。

良いことは重なるもので、励ましの美しいお手紙や寄付が届き、
その上夕方にはKANEKO ART TOKYOからメールが届き、
作品『白い情熱』の行く先が決まったとのことでした。

ところが、今日は反転して、熱が出て来てしまいました。
風邪なのか、骨折によるものなのか,,,。

処方箋を出した薬局に風邪薬も併用してよいかどうか訊ねてみると、
「解熱、鎮痛剤のロキペインが処方されているので、37.5度というのは、かなり熱があると思った方がいいですよ。とにかく安静にして様子を見て下さい。」とのことでした。

日頃、風邪をひいたり薬を飲むことがありません。
聞いて良かったと思います。

そういえば、昨晩は、なぜか食器を洗ってお風呂に入り、
ベッドに入るまでが、とても長い時間に感じました。
その時点で熱が出ていたのかもしれません。

私の場合は安静にするということが、とても難しいのです。

そこで気付いたのです。
これこそが貧乏暇なしの悪習慣そのものではないかと!

今日は早めに休むことに致します(苦笑)。

追伸1:
長野にもようやく春の気配が....。
先日近くの神社で見かけた桜です。
そそとした奥ゆかしい長野の桜です。
オーストラリアへのメールに添付しましたら、喜んでもらえたみたいでした。

sakura_20130328190639.jpg

大腿骨頸基部骨折回復記録−2

一昨日から家の中は、松葉杖無しで歩けるようになり、
今日は思い切って、近くのパン屋さんまで、はじめて外をゆっくり歩くことが出来ました。
やっと焼きたてパンを自力で買いに行くことができるようになりました。

まだ本当にゆっくりですし、足も痛いので、とても疲れるのですが、
とにかく歩けただけでもとても嬉しく、感謝の気持ちで一杯になりました。

近くの神社にお礼に参拝致しました。
ふと見ると、境内に1本だけ細く小さな桜の木があるのをはじめて発見。
弱々しくも桜の花が咲いているではありませんか!
長野では、梅よりも桜の方が早いというのも驚きです。
遅めの春が訪れると、花は一斉に咲き始めます。
お見舞いのお便り、展覧会のご感想、本当に毎日のように頂き、感謝の気持ちで一杯です。
「快気祝い」というものがすっかり遅くなってしまっていましたが、
ようやく昨日から用意をすることができるようになりました。
私の場合は、制作することがお礼の気持ちに繋がると思い、
ドローイング作品を制作し、これを「快気祝い記念作品」として、
限定枚数30枚としてプリント制作しました。
作品名は「風はみちびく」です。

快気祝いですから、ご希望者には、先着10名様まで無料でお送り致します。
*このプレゼントは終了致しました。
これはご寄付を強要するものではありませんので、お気兼ねなくお申込み下さい。
どうしてもお支払いしたい方は、ご都合に合わせた金額をご寄付として
サイドバー記載の指定銀行口座にお振込み頂いても構いません。

20130324230527a8b

風はみちびく 紙サイズ:22.75x30cm ジャーマンエッチッング紙/耐光性顔料インクジェットプリント 限定枚数30枚 サイン付 額縁・マットなし

松葉杖で、あまり早くは歩けなかった日に、
いつもならば見過ごしてしまうような景色に目を留めることができました。
夏には草ぼうぼうの雑木林が家の近くにあるのですが、
この時期は、葉がすっかり落ちて、樹木の枝振りを見せていました。
人にも骨組みがあるように、樹木にも骨があるのです。
そしてその枝振りは、まるで風の流れを教えているようでした。
私は枝を見ていながら、風を見ているようでした。
はっと思い、その思いの冷めぬ内に紙に描き起こしました。

ご応募お待ちしております。

大腿骨頸基部骨折回復記録−1

2本の足で立てるようになって、4日目の朝を迎えました。
今朝長野の空は、穏やかに晴れながらも、雪が舞い、冷たい風が吹いていました。

昨日は、近くのユーミーストアに野菜と果物の買い出しに、松葉杖1本で挑戦。
しかしながら、ゆっくりにしか歩けません。
目的地が、遥かかなたに遠のいたのかと思う程でした(汗)。
こんなに歩けないものなのかと、少しショックでもありました。

傷や骨が痛いのではなく、それをかばう筋肉や筋のあちこちが、右足に力を入れると痛みます。
りんごや山芋を買うだけで、もう重量アウト。
ジャガイモや大根等の重いものは断念しました(ジャガイモ食べたかったのですが...)。
帰り道、家が近づくにつれて、もうあちこちが傷み出すわ、荷物を持つ手は疲れてくるわで、へとへとでした。

今となっては、これまで歩けていた自分が、どんなに幸せを謳歌していたか、身に沁みて実感しました。

その後、大作制作を開始したわけですが、やはり持久力の衰えにもショック。

今朝目覚めとともに、「これはまずい」と思い始め、早速近くの鍼灸整骨院に出かけて来ました。

雪と冷たい追い風に向かって、またとぼとぼ歩き始めたのですが、
「あれっ?昨日よりはほんの少しだけ足が動くみたい(ホッ)」。

やはり少しでも歩く事が良いようです。

鍼灸院では、「でも慎重に」と言われました。
松葉杖なしで歩けるように心がける事も大事である一方、無理に持たずに出かけて、もし何かあってもいけない、ということでした。また、ある程度の負荷も必要だけれど、負担をかけて疲労し過ぎてもいけないそうです。
「バランス」という言葉が印象的でした。

鍼等の治療のお陰で、帰り道は少しまた、足の動きがスムーズに感じられました。

家の四方八方の程よい距離に、生活に必要な用事に応えてくれる場所がありまして、本当に助かるのですが、これがちょうど放射状に点在しています。
1日に1ヶ所行くだけが精一杯ですが、とても良いリハビリになりそうです。

制作も、少しずつ元のペースに戻れるように、根気づよく取り組んで行くつもりです。

追伸:
そんな中、とても良いブログ記事を読むことができました。
以前にもご紹介したことのある「実存の部屋」で、「美術と人間性」という優れた文章がアップされていましたので、ご紹介致します。