若狭美浜へ

美浜3 美浜2 美浜6 美浜4 美浜5 美浜

新作『震生』を展覧会に出品しているため、10月24日、福井県の美浜を訪ねました。秋の花が咲く駅周辺の線路沿いを歩き、浜まで約15分。若狭の海は、とても静かで穏やかでした。

前日の23日は、午前中に永平寺、午後からは養浩館庭園を訪ねました。私の中では、福井というと、この道元禅師の開いた永平寺と、現代美術作家のフルクサス運動や虹の作家として有名な靉嘔氏を思い起こします(茨城出身のようですが、福井に支援者が多く、福井県立美術館で大きな回顧展がされたことがあります)。そして、両者は私の中で矛盾が無く、ひとつのものとなっています。このような文化に憧れ、土地を訪れることで、少しでもその文化の息吹を感じ取って帰りたいと思いました。

福井市立郷土歴史博物館で、松平家の歴史を学び、隣接する養浩館庭園を訪ねました。福井からは土地の人のアイデンティティを支えるような人物が輩出されていて、歴史的なバックボーンの強さを感じます。養浩館庭園は、福井藩主松平家の別邸で、書院建築と回遊式林泉庭園は江戸中期を代表する名園として知られ、国の名勝に指定されています。夜8時まで開園されていたので、夜の庭園を楽しみました。雨が水面を叩く音に心が洗われるようでした。語り部さんが、書院造りの詳細をプライベートに案内して下さり、加賀や京とはひと味もふた味も異なる、武家の『わび』や『さび』の文化を垣間み、福井がますます好きになりました。

いろいろな人のお力で、よい旅となりました。心から感謝申し上げます。
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薬師池

薬師池2

震生湖に行ってからというもの、水の映り込みの虜になって、今度は町田の薬師池に行ってきました。

『明鏡止水』というような境地には至れないものと、諦めていた私でしたが、濁っている水にも、スマルトブルーの空は、見る者の角度によって鮮やかに映り込んで見えて来ます。春を迎えてさざ波立つ水面にも、木立はやさしく揺れ動いていました。けして静かな心を保つことはできない。さまざまな出来事に、日々心は乱れ、揺れ動く。そのような私の頭上にも、空は無限の広がりを見せ、春は私の身体中に降り注ぎます。それと同じようなあり方で制作したいのです。

薬師池

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震生湖

昨日、丹沢を眺めながら、秦野に向かい、「震生湖」を訪ねました。冬木立の無数の枝が小さな湖に映り込んでいました。網目のように、湖上の波紋と複雑に絡みながら、ゆらゆら動き行く様を、ぼんやり見入りました。

湖底に引き込まれ、天も地もない静かなひと時でした。思えば何が幻影で何が現実なのでしょう。どちらも同じ世界に同時に存在しています。現の中に生きる人が実は幻に惑わされ生きていることや、幻と思っていた世界が実は本当であったということもあるのかもしれません。

皆、自分の見たいように世界を見て生きているはずなのに、知らず知らず何かに支配され見たいように見えなくさせられている。現実をじっと見入る時間すらないからです。どのように想い描き生きていくかは、自分自身がつくっていくこと。それが自分を生きるということなのでは。湖面に浮かぶものは、常に変化し定まらない。それに気づく人はまれで、かつ気づいた人もその動きに惑わされて、多くが流されていきます。しかし、心に浮かぶ湖面は常に一つです。そこに浮かぶものが私の生きる世界です。それを描き出して、見えるようにしたいのです。

shinseiko

バルセロナへの旅 4日目

 午前中再びSALA BARNAへ。
今後の展示等の打ち合わせ後、
日本人アーティストさんとパエリアを食べに行きました。

 ランブラス通りから、またその日もモンカダ通りを歩いてみました。
明日はバルセロナを発つ予定です。
お土産等を物色し、早めにユースに帰りました。

 ユースのシャワーも、誰かのおかげか次第に温かくなってきました。
日本人の学生とシャワー室で情報交換。春の卒業旅行だそうです。
友達と楽しそうでした。
 部屋にはドイツ人の女の子が増えていていました。
きょろっとしたスイス人の女の子が鍵をなくしたらしく困っているようでした。
人なつっこく「キー」と言うので、「シュルッセル?」と聞くと、
何でドイツ語をしゃべれるの?と打ち解けてきて、いろいろ話がはずみました。
仲良し3人組は、たまたま今回の旅行で知り合った仲間だそうで、
その子はスイスから、そしてミュンヘンの子とハンブルグ出身の子でした。

私が学生の頃にハンブルグに住んでいたと言うと、
「えーっ、それどこ?」という感じで盛り上がりました。
「去年ハンブルグに行って、だいぶ町が変わっていてびっくりしたんだけど、どうして?」
と聞いてみました。
最近は、必ずドイツ人に会うとこの質問をしています。
皆あまりはっきりした意見がないので、
私はこう思うということをぶつけてみました。

 何となく歯切れが悪くて、昔のドイツ人とちょっと違う感じがするのは気のせいでしょうか?
勤勉で、常に探究心があり、おせっかいなドイツ人ではなくなっているような気がします。
やはりベルリンの壁の崩壊とか時代の影響があるのでしょうね。

 ユースに泊まったこの数日間は、とても有意義でした。
フランス語やスペイン語の習得への意欲もわいて来たように思います。
韓国語に中国語、こうなったら死ぬまでにいろいろな言語を学び、
世界中をカッポしてみたいものです。

バルセロナへの旅 3日目

バルセロナの朝はゆっくりです。ガイドブックによると、早朝は人気の無い通りを歩くと危険のようです。首閉め強盗など、今まで経験したことのない情報まで掲載されています。これまでヨーロッパ中をあちこち歩いて来た私にとって、スペインは初めての土地です。「これまでのようにはいかないかも」と自分に言い聞かせました。

それでも朝食を簡単に済ませると、もう歩きはじめていました。ランブラス通りを横切り、モンカダ通りに向かいました。美術館や画廊が集まっていて、観光客も多く、事件が多発する条件がそろっています。さくさく歩いたせいか、迷うことなく、ピカソ美術館に到着、開館10分前で、大勢の学生が待機していました。

昨年の10月にベルリン美術館の地下で、ピカソの大回顧展を見たばかりです。その時は入場券が高くて躊躇しましたが、あらためてピカソの仕事を一堂に見て、感慨深いものがありました。教科書で紹介されている代表作が世界各地から集められていました。自転車のサドルを牛頭に見立てたオブジェ作品を見た人たちが、くすくす笑っていたのは楽しい思い出です。これも何かの縁と思い、今回もピカソを見ることにしました。バルセロナのピカソ美術館は、ピカソの少年期の作品がたくさん収蔵されています。木切れに風景を描いている作品がこれでもかこれでもかという風に、展示されているのを見ると、ピカソの執念を感じないわけにはいきません。

モンカダ通りのいくつかの画廊を訪ねることができました。そのひとつで、ちょっと気に入ったスペースがありました。半分本屋で半分が画廊になっているところです。表の通りから入ると、天井まで届く本棚には、宗教や錬金術、美術書というテーマに絞られた本が美しく並べられていました。その奥が画廊で、画廊と本屋の間には、仏像や宗教関係の用具などが売られています。店主は初老の男性で、店構えをさらに説得力あるものにしていました。裏の通りから画廊に入ることができるようになっています。展示されている作品が、東洋の現代アーティストの作品であってもいいのでは、と思ったのでした。

グエル公園

バルセロナへの旅 2日目

ユースの朝食は、いたって簡単なものだったので、早々と出かけることにしました。ランブラス通りに出て、カタルーニャ広場に向かってしばらく歩いていたら、左手に市場を発見。色鮮やかな果物の山が目に飛び込んで来ました。イベリコ豚の生ハムや、チーズを売る店等、活気に満ちていました。

バルセロナ現代美術館  地図を頼りに、バルセロナ現代美術館に着いたのは、開館10分前。バルセロナの町は、歴史的建造物がよく保存されていて、魅力ある町並みですが、その中にあって現代美術館の建物は、かなりはりっきています。リヒターの「油絵具を塗りたくった画面をモノクロ写真で接写してる作品のシリーズ」の現物をはじめて、見ることができました。

タピエス美術館 その後訪れたのはアントニオ・タピエス美術館。展示されている作品は限られたものでしたが、展示室と併設されている図書館に心ひかれました。ガラス張りで、展示室からおおよその図書室内部が見渡せるようになっています。残念ながら、使用するためにはアポイントメントが必要と注意書きがありました。

サグラダ バルセロナの町は、どこへ行くにも交通網が整備され、案内板をたよりに観光スポットを見て回ることができるようになっています。念願のサグラダ・ファミリアへも、難なく訪れることができました。ケルンの大聖堂のようなものかと思っていましたが、まったく違うものでした。歴史による重厚感というよりも、今まさに生きている躍動感のようなものを感じました。

塔の上へ向かうエレベーターに乗ってみました。よく思い出してみると、今年の正月にも大阪の空中庭園に行ったばかりで、高いところへはしばらく遠慮させてもらいたい気持ちになっていたばかりなのでした。観光客もまばらで、一人塔の上に立つと、風に吹かれてどこかに飛んで行ってしまいそうでした。下りは、階段を利用したのですが、下りだからといってそう甘くはないのでした。螺旋階段の右手下を覗くと、はてしなく右回りの渦が下に落ちて行きます。壁をたどる左手は次第に汗ばんでいました。

バルセロナへの旅 1日目

2月21日、成田からロンドン経由のブリティッシュエアウェイでバルセロナに到着。
宿泊先はあらかじめネットで予約してあった、
ユースホステル・センター・ランブラスでした。

到着したのは夜11:00過ぎ、手渡された部屋の中は、もう真っ暗でした。
10人程の大部屋で、二段ベット。
共同シャワー室、トイレは部屋を出たすぐ横にありました。
20年ぶりに、滝行をしました。
温かく水量に困らない日本のお風呂とシャワーに、
感謝を忘れていた自分を深く反省することができました。
身体が冷えたせいか、部屋に戻ると逆にホカホカしてきたのはありがたいと、
薄い布団にもぐりこみました。
でもさすがに徐々に熱が奪われ、
持っている服を全部着たり載せたりでめちゃくちゃな状態。

その後暴睡。…….といきたいところでしたが
、私よりも遅く到着した人たちがぞくぞくと入室。
そこではじめて、「どうやらこの部屋は男女混合部屋だ」
ということがわかったのでした。
これまでいろいろなユースを泊まり歩いてきましたが、
これは初めての経験。

どこからか、フランス人の男の子のひそひそ話し。

すてきな子守唄でした。