過ぎ行く夏

先週、今週と雨がよく降り、今日も雲の厚い涼しい朝を迎えました。

天候の都合で、奥志賀高原への旅を見送っている内に、夏も終わりというような気配。
読書のひと時に、美しい文章を見つけましたのでご紹介します。

「砂の一粒に世界を
そして野の花に天界を見る
手のひらに無窮をつかみ
そして一時間の中に永遠を感ず」(ウイリアム・ブレイク)

To see a World in a grain of sand,
And a Heaven in a Wild flower,
Hold Infinity in the palm of your hand,
And Eternity in an hour.

(Auguries of Innocence : William Blake)

先週は、善光寺近くの権堂商店街の中にある小さな映画館で、
涙するまで生きる』を見て来ました。
文学者アルベール・カミュの知られざる過去を描いたフランス映画です。
自分の命を大切にすることの難しさ、重要さ、意味。
この映画はきっと死ぬまで、私を強く支えてくれるに違いありません。
そして、世界中の人々が、誰かの犠牲になることなく、
一人ひとり自分の命を大切にするだけで、
戦争のない平和な世界が実現出来るのでは。
そう、しみじみ考えさせられる心に残る映画でした。

帰りがけに、近くの古書店に立ち寄ると、『無意識の探求 ユングとの対話』を発見。
河合隼雄氏の解説付きでした。
800円で売られていましたので、早速買って帰りました。
Amazonでは、4000円で売られている絶版希少本です。

そこから読書熱が再びはじまりました。

新潮文庫にカミュ著作の『ペスト』と『シーシュポスの神話』があることを知り、
長野駅前の平安堂書店に行ってみると、その並びに
心の深みへ 「うつ社会」脱出のために」』(柳田邦男 河合隼雄対談集)。

河合隼雄氏が、深層心理の話の中でプリブラムという人を紹介していました。
「プリブラムは、自分が意識することは自分にいま見えたり聞こえたりしている部分であるから、
意識する状態を変えれば、もっと別のことが見えるのではないかと考えた。」と興味深い文章。

早速、プリブラムを調べてみると、
投影された宇宙 ホログラフィック・ユニヴァースへの招待
という本を読むのが良いように思えて来ました。

長野市図書館に蔵書されていたので、昨日借りて来たところです。
とても読みやすい面白い本で、昨晩で3分の1まで読み進みました。

ホログラフの仕組みが、いまひとつわかりにくいのですが、
これまでに読んだことのある「ひも宇宙論」や、
もう一つの宇宙が存在するというパラレルワールドの話しや、
もう一つどころか多次元宇宙の世界が同時に存在するという考え方と照らし合わせて、
なる程と興味深く読むことが出来ます。

その科学的な難しい話の合間に、みつけたのが、冒頭にご紹介したウィリアム・ブレイクの言葉です。
詩集「ピカリング草稿」の中の「無垢の予兆」の最初の5行の部分だそうです。
ウィリアム・ブレイクとホログラフを繋ぐ接点とは...?
東洋的な一に全が宿るとか、全は一に集約されるというような世界観というところでしょうか。

制作では、今油彩画に大半の時間を費やしています。
画布と下地をどのようにしていくか、ドローイングとキャンバス作品との棲み分けをどうして行くか、
自分の中で制作のルールを一から組み立てているので、手際よくは進みませんが、
そういう混沌とした日々が、やがて私自身の潜在意識に蓄積されて、
作品の奥行きを形成して行くことになるでしょう。

夏の終わりを向日葵のドローイングにたくして、この記事の締めくくりと致します。

himawari
向日葵は大きな頭を傾げはじめ、脚下照顧。
雨露を浴びたコスモスは、天に向かって輝いています。

美についてーカント熱到来

お陰さまで、10月を無事に乗り越えて、個展に発表する制作に専念する毎日です。
これは一重に、作品を買って下さったり、ご寄付、応援の言葉を送って下さる方々のお陰です。
心から感謝申し上げます。ありがとうございます。

制作により力を注ぐ一方で、自分を少しでも高めるために、読書を心がけていますが、
最近夢中になって読めるものがみつかりました。

初めてカントに目覚めました。

経緯は、こうです。ハンナ・アーレントの『精神の生活 (下)―第2部 意志』を時間をかけて大切に読み進めているのですが、
そこにどうしても勉強しなければ分かり得ないことが、あたかも周知のこととして書かれています。
たいていウィキペデイアで調べますが、「カントが...」となると、
どうしてもカントを通過しなければ話しが実感出来なくなって来ました。

カントは、難解中の難解です。
図書館に並ぶ23巻の全集を見ただけで、側に近寄ってはならないオーラがあります。
そこで、入門書のような簡単な本を探して何冊か読むことにしました。
石川輝吉著『カント 信じるための哲学―「わたし」から「世界」を考える
これはかなり薄いにも関わらず、文章のひとつひとつが頭に入って来て、
とてもありがたく読ませてもらいました。
しかしあまりに平易すぎて、本当にその解釈で大丈夫なのかと、次第に不安も感じるようになり、
また本棚からかつて買って諦めていた岩波文庫の『判断力批判 上 』をパラパラとめくり始めました。

最初からは、どうしても読めなくて、結局上巻の後ろの方から、気になる項目を読み、
少し読めたような気になり始めた途端に、カント熱が到来。
カントって、実は日本では江戸時代の人なので、
今更夢中になっても古いんじゃないか、という気もしますが。
実は現代の哲学のほとんどがこのカントの影響を通過して来ているので、
やはり知らずして現代を語れないのではないかと思うに至りました。

それはそれとして、そもそも何が私をカントへと掻き立てたかというと、
アーレントの『精神の生活 (下)―第2部 意志』には、

人間の自由意思とは、本当にあり得ることなのだろうか?

ということが中心に書かれていて、
個人という存在が世界の大きな動きの中で、
本当に個人として自由に意志を持って生きていることになっているのだろうか?
ということを吟味しようとこの下巻を書いたということが、序論に述べられています。
そこにカントの名前が出て来ますが、まったくカントを知らないので、
なぜカントが引き合いに出されているのかがわからなかったのです。

そこで、市の図書館で調べてみると、
カントは人間がバラバラな個人の集合体を目的論という考え方で、
人間には共通性(共同体)の意識があるという、
「個」の殻を破る方向性を示しているということがわかって来ました。
では個の自由はないのかというと、そういうわけでもないのです。
どちらということが言えないというような立場のように感じられました。

それはカントの「美」についての吟味にも読み取ることができます。

カントは、「美は主観的なものでありながら普遍性を要求する」
という考えを示しています。

つまりわかりやすく言うと、私たちが美しさに触れた時に、
「この美しさは私が一人今発見したのだけれど、
きっとみんなにもわかるだろうから、この美しさを共に喜びたいなぁ」
という気持ちが起きるでしょ、と言っている感じなのです。

その時、美を感じる一人の人間の判断は、どんな目的も何かしらかの利便性からも自由であって、
そして理屈なんてなくて、ただただ「いいなぁ」というため息をつくその瞬間は、
まさに個人の自由意識で行われています。

しかしではそれは全くのその人個人だけの感覚で満足かというと、
そうではなくて大きな感動であればある程、
「これは多くの人にも同じ感動があるはずのものに違いない」普遍的なものなのだ、
と信じて疑わない感覚があるというのです。

するとやはり、人間というのは、それぞれ違う個体なのだけれど、
どこかで共同体の意識があって、つながっているんじゃないかと、
やはり私もそう感じることができます。

カントって、いい人だなぁとすら私は感じました。
(実際、カントは生前から、人間として人々の尊敬を集めた人格者であり、
恵まれた研究生活を送っ哲学者なのです)

それで、カントは「快適」「美」「善」と並べて、
「快適」は主観的な個人本意なもの、
「美」は主観的でありながら普遍的なもの
そして「善」は普遍的なものであり、
かつコンセプト、論理性がハッキリしているものなのだというのです。

「快適」と「美」とは、そういう意味できわめてあやふやなもので許される、
とするとかなりその3つの違いが見えて来ます。
そして美が道徳に向かって行くための道筋になっている、
あるいは道徳は形として把握出来ないので、
美がシンボルとしてあるという考えが示されていました。

「美」が「善」に向かうために、
カントは「崇高」という概念が不可欠であることを書いています。
自然の美には「崇高」さというものがあって、
それが人間に「畏怖」や「厳しさ」を感じさせる。
それは人間の「道徳」感情と同じもので、ただ単に体裁が美しければそれでいいのかというと、
美はさらにその向こうに、向かうべき目標があるのではないかというわけです。
カントにとってそれこそが芸術というものであったのでしょう。
趣味の範囲での体裁の整った美術品ではなく、
高みとしての芸術にはこれが求められると考えているようなのです。

快適なもの、美しいもの、善いもの、
こういう言葉は、現代のどのシーンでも必要不可欠の要素です。
どのような職業であるにしろ、これらの要素を考えずに仕事は出来ないことでしょう。
あるいは逆に、経済が優先するにしても、
これからの格差社会に、「善」を掴むことが出来るかどうかは、
見えて来る世界がかなり違って来ることと思われます。

余談になりますが、このカントの考え方に触れていて、
ふと思い出したことがあります。

「アーティストは、自由に自分の思いを作品にすることが出来てうらやましい。
私の仕事は依頼者の注文に合わせなくてはならないので、
自由意志というものが反映されにくい。」という言葉です。

アーレントによると、そもそも「自由」という概念は、
古代の奴隷が肉体的な「自由」を欲したところから発生しているので、
ギリシャ哲学では「自由」という概念は出て来ないのだそうです。

しかし現代では奴隷制が消失しても(とはいってもイスラム国には未だにあるそうですが)、
精神性における「自由」という問題が取り上げられるようになり、
果たして私たちは本当に「自由」を勝ち取っていると言えるのかどうか、
吟味する必要があるというのです。

つまり画家といえども、本当に自由意思で作品を手がけているのかどうか、
何らかの動向にただ押し流されているだけであったり、
一つの枠組みにむりやり押込められ、
あるいはそこに加わることで安穏とするだけの活動であったり、
経済が足かせになっている場合にそれは自由といえるのかどうかということです。

そこでそういう場所から遠ざかり、たとえそれらから自由となったとしても、
結局個人の自由意思などというものがそもそも目標ではなく、
やはり万人共通の意識というものに立ち向かうことになる。

個人的なクライアントではないかもしれないけれど、
やはり社会全体を意識しない表現は、
ただの個人の趣味でしかないということになりかねないわけです。

どの職業であっても、やはり目指す所は同じであって、
本当の自由というのは、個人とか共同体とかのボーダーラインが無いところに、
自分を高めた場合に存在するのではないか、
そう考えながらアーレントとカントを読み進めているところです。

そういえば孔子の論語には、
「七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」とされています。
私はまだ「五十して天命を知る」であり、
「六十にして耳従(した)がう」がまだまだ途上ですが、
あと二十年かけて、これらの境地を目指したいものです。

最後に、私が感動したカントの思い描くイメージをご紹介して、大きな希望につなげたいと思います。

それは、美しいものを美しいと感じる判断は、どの人にも自由であること。
そして快適なものというのは、何かのためにという条件付きだし、
善いものというのは、「こうあるべき」という目的に従わなければならない。
でも「美しい」という感情はどれにも拘束されずただただ嬉しい。
この「美しいものを感受するとき、私たちの心には自由が生まれている」ということなのです。

自分にとって、何が美しいものなのか、
それはまず美に出会うことなしには語れません。
では、美は一体どこに存在するのか?

海や山といった自然の景色でしょうか?美術館でしょうか?画廊でしょうか?
それらは美を確かめる場所です。

美そのものが、たとえそこにあったとしても、
ほとんどが見過ごされてしまうのです。
それはなぜでしょうか?

その答えとなる文章を私は最近知りました。
あなたにとってもその答えでもありますように。

「心の中に反省が沸きたち、思索の光に照らして自分自身を眺めるとき、
人は人生が美に包まれていることを発見する。
ラルフ・ウォルドー・エマソン(杉野裕実訳)

「月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ」法然上人

nagano-libro
長野市図書館エントランスの紅葉

暑中お見舞い申し上げます

昨日までの猛暑のせいか、今日はとても涼しく、
日が暮れてからは、上着を1枚羽織りました。
室内の温度計は26度です。

PCを立ち上げていなかったので、
しばらくブログやFacebookなどから遠ざかっていました。
プロバイダーを格安のものに変えたため、
インターネットの使い勝手が変わったことに原因があるかも知れません。
でも、かえって無駄にPCに時間を束縛されることもなく、
ありがたいことと感じるようにもなってきました。

この数ヶ月間は、大作の130号を制作をしながら、
日々の習慣を少しずつ見直し、
制作に集中出来る環境づくりや健康的な生活を心がけていました。

食生活ではコーヒーをやめました。
未練がなく、あっさりやめられたのは意外でした。
身体にどうのというよりも、ゴミ箱に入っているコーヒーの匂いがダメでやめました。
長野では、冬にほとんどゴミが匂わないので、
暑くなって来ると、とても気になるようになるのです。

そういう意味で、肉や魚も1ヶ月に1〜2回ゴミの日の前の日に食べるだけにして、
後は、とにかくタンパク源は大豆食品を中心に摂取するようにしています。
それから保存食としても助かるナッツ類をすり鉢で潰し、
ジャムと合わせてパンに塗るのがこのところのマイブームです。

甘いお菓子は食べず、新鮮な果物でジャムを手作りしています。
今はとにかく地産のプルーンが安く、美味しいです。
長野産の果物が店頭に並ばない少し前の時期には、
宇和島産の宇和ゴールドというグレープフルーツをマーマレードジャムにしていました。
少し苦みが強いのですが、これがかえって新鮮で美味しく感じました。
来年は、あんずジャムに挑戦出来ればと思っています。

生活用品では、市販のシャンプーやヘアクリームをやめて、
小麦粉シャンプーに切り換えました。
肌や顔に使う化粧水も市販のをやめて、
薬局で購入したグリセリンと尿素と水でつくる手作り化粧水に変えました。
つくり方は、ネットで検索するといろいろな情報が手に入ります。
こういうのを「脱ケミ(カル)」というのだそうです。
無駄な容器も捨てずに済み、肌荒れが解消し、
環境問題に少しでも出来る範囲で努力出来ることが何よりも嬉しい。

日々の制作環境も整えるべく、断捨離を心がけながら室内の模様替えをしています。
持っていたソファを一つ解体しました。
長年の使用で、クッションに癖がつき、それが腰に悪いことがわかり、使用を断念。
全て自力でバラバラにしました。
ほとんど骨組みにハリボテのような構造で、こういうものの上に座っていたのかと、
少し騙されたような気持ちにもなりました。
大量のクッション材は小さくして廃棄処分。
スウェードの皮革は、これからスリッパ等に再生してみようと思っています。
解体しながら、もし変なものが出て来たらどうしようという、
ゾクゾクしたりわくわく感すらありましたが...、
なぜか、古く錆びた100円玉が発掘されました(苦笑)。

そして、今日は思い切って、
これまでアトリエに置いていたキャビネットを
ヤフオクに出品しました。
ほとんど、物置にすぎなかったので、
より活用して下さる人の手に渡ることが大事と思います。

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それから暑さ対策として、
これまで窓からの熱を室内に入れないために、
窓に反射シート(NASAの断熱材と言われている商品)を貼っていたのですが、
しかしこれでは、室内が暗くなりすぎてしまうため、
透かし彫りの衝立てを窓辺に立てるようになりました。
これまで西向きの窓辺で眩しかった左目が楽になりました。

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読書は、長野市図書館と長野県立図書館へ足しげく通い、
読みたい本と読書のスピードに折り合いがつかず、歯がゆい思いをしています。

プラトンの「国家」を読み始め、
下巻に登場する「洞窟の比喩」というソクラテスの話しに興味を持ち、
『ハイデッガー全集 真理の本質について』におさめられている
「洞窟の比喩」のハイデガーの解釈に奮闘しながら、
ヤコブ・ベーメの著作やヘルダーリンの著作も調べたくなっているところです。

ハイデガーの全集が、県立図書館の閲覧室でいつでも手に取ることができるのは、
とても恵まれていることです。

「洞窟の比喩」はYOUTUBEでとても分かりやすく説明されている動画を発見しました。
興味がありましたら、ご覧下さい。

平行してハイデガー著の『貧しさ』も読んでいる最中です。

ヘルダーリンの言葉

「我々においては、すべてが精神的なものに集中する。
我々は豊かにならんがために貧しくなった。」

についての、ハイデガーのどこまでも底なしのような奥深い洞察と解釈を楽しんでいるところです。
この場合の「貧しさ」とは、「ものを持たない」「つましさ」と解釈出来るのかなと思いました。
何でも手に入り、便利で、何もかも行き届いた飽和状態の生活は、果たして幸せと言えるでしょうか?
もの足りなさががある方が、人は努力し、生きる意欲が湧いて来るものだと今まさに実感しています。

そして、より多くを求め過ぎ、執着する生き方は、返って卑しく、貧しく目に映るものではないでしょうか?
最低限必要なものを見極め、敢えてそれ以上を必要としない生き方は、
たとえ端からものを持たない貧しさに映ったとしても、
実は、既に充実した状態であり、
そういう生き方が、潔く、美しく、豊かであるように思えてなりません。

自然と同調し、ひっそり静かに制作出来る喜びを充分噛みしめ、
そう出来ることへの感謝の気持ちをいつまでも忘れないようにしたいと思います。

そんなこんなで、毎日が矢のように過ぎて行きます。
一方制作はいままで以上に時間がかかるような方法になっていて、
とにかく日々コツコツと粘り強く、忍耐強く取り組んでいます。

マニエリスムなるもの

下地塗りの作業は、とても単調なので、そこからのインプットもアウトプットもあまり期待出来ない。
そこで、作業の合間にドローイングをしたり、本を読んだり、収納整理をする日々が続きます。
それも掛け替えのない重要な時間です。

今朝は、突然「マニエリスム」のことが気になり、調べていました。

なぜ気になったかというと、ここ数年例えば一昨年の横浜美術館の松井冬子展、昨年の国立国際美術館のエルグレコ展、今年のフランシス・ベーコン展の盛況ぶりといい、美術館がこのタイミングで取り上げる意味がとても気になる、というかそういう時代なのだと府に落ちるからです。

私の中では、これらは一つの線で繋がっているように見えます。
その線とは、例えば「マニエリスム」という言葉に集約できるのではないか、と。

これらの作品がというよりも、むしろ観衆が「マニエリスムなるもの」への興味本位で見に行く美術展になっていると思えるということです。

確か西洋美術史では、ルネッサンスの終末には、
それまでの理想美とか、自然美というものに人間は飽きたらなくなって、
より刺激的で奇怪で神秘的なものを求めるようになった、というような解説だったかと思います。

そこで、その次はどういう時代だったのだろうかと考えてみると、西洋美術史ではバロックとう時代になるわけですが、この変遷のようなものを知っておく必要があると思い、いくつか参考になる図書を探してみました。

グスタフ・ルネ・ホッケ著、『迷宮としての世界(上・下)――マニエリスム美術 (岩波文庫)

アーノルド・ハウザー著、若桑みどり訳『マニエリスム 上・中・下巻―ルネサンスの危機と近代芸術の始源 (美術名著選書 12 13 14)

若桑みどり著『マニエリスム芸術論 (ちくま学芸文庫)

若桑みどり氏の著作は、大学生の頃に数冊目を通しましたが、当時はマニエリスムにまったく関心がなかったために、あまり深く立ち入らないまま通り過ぎてしまいました。2007年に亡くなられていたことも今朝はじめて知りました。改めて、その研究の重要さにやっと気がつくことができたように思います。

さて、これまでは「マニエリスム」というものは、単なる様式的な特徴(例えば長く異様に引き延ばされた身体表現等)でしか認識していなかった私ですが、より人工的なものへと価値基準が移動していく時代の、これは近代への予兆であったというような解釈もあるようです。

そして、近代に至るシュールレアリスムや抽象表現にさえも共通の性格を認めて、広義に使われる用語になっているらしいことを知りました。
言うなれば、アジア的なものやアニメ、漫画のようなものまでここに加えられるのだとか。
「マニエリスム」なるものが、現代美術の中に今も息づいているというよりも、「マニエリスム」なる側面は常にどの時代にもどこかに存在するけれど、そういうものが浮上しやすい時代傾向がある、というべきなのでしょう。

そもそも「マニエリスム」とは、フランス語読みであって、英語では「 Mannerism=マンネリズム」と表記されます。
過剰、飽和状態が続いた後に来る頽廃的なイメージが強い用語ではあります。

さっそくAmazonの欲しいものリストに上記の本を加えておきました。

内なる自然に従って描くということが、私のこれまでの制作のあり方です。
たしかにヘーゲルの著作を少々齧り、人間中心主義的な考え方に触れると、一方で自分の中の人工的なものに目を向けざるを得なくなって来ます。
それを作品として出すか、出さないか...、一人の作家とは時代が創り上げているものである一方、しかし、その中にさらなる時代を予感するものが期待されます。

そこで私は、今を冷静に見つめる目を持つ一方で、来るべき時代を読み、その萌芽が作品になっていなければならない、そういうことを考えながら制作しています。

ヘーゲルと「精神」ー 私の使命

制作をしながら、その合間に今読んでいるのは、『歴史哲学講義』からはじまる長谷川宏訳の一連のヘーゲル著作『美学講義』『哲学史講義』です。長谷川宏の翻訳については、賛否両論が極端なのですが、私は迷わず賛同派です。確かにヘーゲルの本を必要とするのは、大抵研究者であって、研究論文の引用のためには使えない本かもしれない。しかし、私のように芸術活動の傍らに哲学や美学を学ぼうとする者にとっては、翻訳の微妙な解釈よりも、ヘーゲルの躍動するような言明を読むことの方が、はるかに価値のあることなのです。

「講義」とあるように、これらの講義本は、ヘーゲルが直接執筆したものではなく、大学の講義に出席した人たちのノートを集めて編集されたものです。従って、ヘーゲルの口述での語り口が、残されていて、厳密さは欠いているところがあるかもしれませんが、むしろヘーゲルの伝えたい意図がとても明確に読み取れるのです。
ドイツ語を日常会話程度できる人にとって、ドイツ文を聞いた通りの流れの順番で意味を読み取っていくことは自然の流れであって、長谷川訳は、かなりその流儀に近いように感じ、「講義」ということも幸いして自然に内容が頭に入りやすい著作になっています。

なぜ、ヘーゲルを読み始めたかは忘れましたが、これらの著作に囲まれることになったきっかけがあります。『歴史哲学講義』の上巻の半分は序論についやされていますが、それが終わると最初に来るのが東洋の世界なのですが、そこに衝撃的にも東洋にはそもそも精神などないのだというようなことが書かれていたのです。これには、正直言ってかなりショックでした。

東洋と言っても中国とインドペルシャが述べられているもので、日本という国の事など何一つ出て来ませんし、この講義が行われた時代背景の問題もあるのかもしれないとは思うものの、はたと立ち止まり、そもそも「精神」って何だろう?私には「精神」があることになっているだろうか?と考え始めたのです。また、日本人が精神だと思っている事が、実はヨーロッパから見たら、とるに足らない精神でしかないのであったら、と思うと尚更わからないままにしておくことはできません。

ヘーゲルは東洋の精神というのは、「共同精神が権威としてあらわれたもの」だと言います。なるほどと確かにそういう実感があります。日本の社会では「和をもって尊しとなす」は鉄則だからです。では、それは精神ではないのかと言うと、ヘーゲルによれば、それは精神とはならないのです。それは「内面的なものが外から強制されている」「命令されている」だけだというのです。これもなるほどと思います。日本の社会で個人というのがいつまでも自立しないのは、この「命令」と「束縛」に守られた「依存」によって成り立つ社会だからです。そこでは「命令をくだす意志は存在するが、内面の命令にしたがって義務を実行するような意志が存在しない」。そして「精神が内面性を獲得していないために、精神は自然のままの精神としてしかあらわれません。」とあるのです。とまあ、まるで子供扱いです。この内面の命令とは何か?これは歴史の範疇ではなく、やはり哲学の問題になります。

長谷川宏翻訳本には、他にヘーゲルの『精神現象学』というのがあるのですが、これは長谷川本にしても難解な部類に入ります。少し読んだだけでは、知りたいこと以前のところでつまずいて、なかなか先に到達しません。そこで『歴史哲学講義』の下巻を読み終わるか終わらない内に、『哲学史講義』を見つけ出しました。

『哲学史講義』もこれまた序論が長く、いかに哲学史という学問が重要なものであるかが書かれているわけですが、そういう順序を踏まえなくても、自分の必要な哲学からランダムに読む事も可能です。私は中巻のアリストテレスから読み始めました。そこから方向転換してその前のプラトンに戻りました。そこにとても重要なことが書かれていました。

プラトンの「理念(イデア)」についての説明に書かれていたことです。

ディオゲネス・ラエリティオスにこんな話があります。「プラトンがテーブルらしさやコップらしさを論じたとき、キニク派のディオゲネスが『わたしにはテーブルやコップは見えるけれども、テーブルらしさやコップらしさは見えない』といった。プラトンは答えた。『そりゃそうだ。テーブルやコップを見るための目はきみにあるが、テーブルらしさやコップらしさを見るには精神が必要で、その精神がきみにはないからね。』」(『哲学史講義(中)』p.32)

精神が思わぬところから確かめられることに驚くばかりです。「テーブルらしさやコップらしさ」だなんて!ちなみに、ディオゲネスを日本人に置き換えて、文章をつくってみましょうか。

「プラトンがテーブルらしさやコップらしさを論じたとき、日本の凡人が『わたしにはテーブルやコップは見えるけれども、テーブルらしさやコップらしさはうまく言えない。けれど、テレビや雑誌には、毎日のようにテーブルらしいものやコップらしいものは沢山紹介されているし、町にはそういう商品が溢れている。皆がそれらしいと思うことは何となくわかる。』といった。プラトンは答えた。『きみにあるのは共通の感覚だけれど、そこにはきみの感覚は埋没してしまっているね。きみ独自の精神はどこにあるの?』」

「らしさ」とは何か?ごく簡単に言うならば、現実のその一例にすぎない存在の背景にある、普遍的な真理。理想の姿。というところでしょうか。そういうものを想い描く力がなぜ必要かというと、これを考える事がより新しいものを創り出すための源泉になるからです。逆に言えば、日本の社会で新しいものが出ないとすれば、これを考える意欲、まさしく個人の精神が欠如している、またはもともとないかもしれないとも言えるかもしれません。

ヘーゲルの考え方から推測するに、東洋では、かつて芸術を作ったのは、それを作らせた権力があり、その命令に従ってこれまでの美術文化が残されているそういう歴史だけです。これらにそれを作り上げた一個人の精神など、ほとんど意味を勝ち得ていません。確かに芸術活動は、社会の意志というものを反映しているものですが、その社会そのものに個人が意欲的に関わっていないという現象が日本にあるわけです。「束縛」と「依存」によるしがらみのようなものが日本の社会であるなら、そのようなものが芸術に反映しても、ヨーロッパの方から、芸術作品として見るに値するのかと思うのです。おそらくエキゾチックな民芸品のようなものにすぎない。アニメ文化を代表とする昨今のクールジャパン等も、おそらくそのたぐいに過ぎないのです。「自分たちに精神はない」のだ、といくら居直ったとしても、おそらく芸術の領域には加えられることはないだろうと思うのですが、どうでしょう?

そういえば、「現代美術らしい」作品は、たしかに巷に溢れています。しかしそれにしても、それは「現代美術」というカテゴリーのスタイルや様式を共有しているだけで、本当にこの時代を代表するような精神や理念を勝ち得た作品になっているのでしょうか?

さて、ヘーゲル(1770-1831)という人は、ちょうどゲーテ(1749-1832)と同時代。そしてベートーヴェン(1770-1827)とは同い年です。日本では葛飾北斎(1760−1849)が同時代の人です。日本では、長く江戸幕府の太平の世の中であるのに対し、ドイツはヨーロッパの中にあって後進国のポジションにあって、シェ−クスピアをはじめとする文芸文化、科学や産業の発展するイギリスに遅れをとっているだけでなく、隣国のナポレオン率いるフランスが押し寄せて来て、ドイツ国民としてのアイデンティティが危ぶまれ、必死に骨身を削っているような時代であったように思われます。ゲーテのまさに「疾風怒濤」の時代です。そういう時にこそ、人間は底力を発揮して、全能力を開花させるものなのかもしれません。この3人のドイツ文化への貢献は、はかりしれないものです。

先の逸話はプラトンのものですが、ヘーゲルがこれを掘り起こし、哲学史としてまとめて行くその背景には、ドイツにヨーロッパの歴史の流れに立脚した彼自身の哲学というものを打ち立てようという意志があるからで、そのあらわれの断片として引用されているものです。

日本の現在の社会は、物質的には確かに恵まれているのかもしれません。しかし、その裏表には、見過ごされている「精神」の欠如もしくは未熟があるのです。それをそのまま表現する薄気味悪い「ネオテニー(未成熟)」というカテゴリーのまま、それを繰り返すだけの文化でよいのか、私ははなはだ疑問です。本来、そこを超克するのが、現代の日本の芸術活動に果たされた使命ではないかと思うからです。「精神」を勝ち取った個人としての存在を問う作品が残されなければなりません。それが私の制作活動の理念と使命でもあるのです。ヘーゲルの『美学講義』をよく読みつつ、「精神」の表現について思索を深めながら、制作していきたいと思っています。

「エトス」と「パトス」

ヘーゲルの『歴史哲学講義』を少しずつ読み続けて、下巻も半ばにさしかかって来ました。途中いろいろなことに興味が広がり、中央公論社の『世界の歴史』を取り寄せて併読しています。これは文庫が出ているために、単行本古書が200円くらいで出回っているのです。ちなみに文庫の新品は1500円くらいです。内容は全く同じ。ただ太くて重くて邪魔になるという欠点で安価に手に入るのです。長野にいながら、世界の歴史旅行を200円で楽しんでいるところです。今ハマり始めたのが、ギリシャとローマ。

ヘーゲルの解釈では、簡単に言えばギリシャの文化はローマで模倣され頽廃し、衰退してしまうと書かれています。優れた文化を持った民族も何かのきっかけで、大きな力に制圧されてしまう。しかし、その優れた知識や技能が求められて、ギリシャ人は奴隷として売り買いされ、ローマの文化を支えて行くことになります。そのあたりをもう少し知りたくて調べて行く中で、結局ギリシャを知ることのできる資料はとても限られているわけなのですが、残された貴重な資料の大半が美術品であるというあたりまえのことに気付きました。

しかし美術品の多くがギリシャにはすでになく、イギリスの大英博物館をはじめとするヨーロッパ諸国に散佚しています。しかし、そのことは現在のギリシャの不幸である一方で、それが幸いして残されたとも言えるのです。今のギリシャという国は、これまでに様々な民族が支配して、その度に宗教や民族の影響を受けて、もともとの文化が遺され得なかったわけです。それでも人々の心を奪う美術品は、高額に売り買いされ、あるいは奪われて、その時代に最も叡智と力を持つ人間の手に渡り、永久に遺されるよう人々が努力することになります。そして美術品がなぜ永久に遺されるかといえば、そこには人々を魅了する美の中に解読し尽せない、それが作られた時代の民族の世界観、思想、哲学というものが刻まれ、記憶され、それが後世の人類にさまざまな教訓を伝え続けるから、と言えるでしょう。

早速、j.j.ポリットの『ギリシア美術史』を取り寄せることにしました。そしてこちらのサイトで、その内容が完結に紹介されています。ここにギリシャ人の「エトス」と「パトス」という概念が出て来ます。

「エトス」とは、芸術作品に含まれる道徳的・理性的な特性、気品を示す概念だそうで、「パトス」とは、それに相反する「情念」や「感情」さらには「激情」や「苦悩」を意味する概念ということです。先のポリットは、ギリシャ美術の歴史をこの「エトス」から「パトス」への移り変わりとして見ているらしいのです。まだ本が届いていないのですが(苦笑)。アルカイック様式から古典様式そしてヘレニズムへとギリシャ美術は展開しますが、それぞれの時代の例えば彫像に、この「エトス」と「パトス」がどのように織り込まれているのか、実際に作品を見て自分の目で確かめてみたくなってきました。

さて、ヘレニズムのギリシャ美術の末期症状とは、人々がもはや、「エトス」のような静かな美では満足しきれなくなり、刺激を求めてこの「パトス」の表現が行き着くところまで行き着いたということことです。それを知る時に、翻って今日の日本の文化がそのヘレニズムに相当するのだと思わずにはいられません。あるいは、この二つの概念が常に強弱を変化させながらも同時代に共存していると見た場合、それでもその時代を代表する作品として遺されて行く可能性は確かにあります。しかし、もう少し美術史を大きく眺めた場合、この二つは交互に繰り返し何度も循環しているとも捉えられるわけです。「エトス」が極まると次ぎには「パトス」が求められる。そしてまた「パトス」が極まり過ぎると、どこか違うところに場所を移して「エトス」が見直されるのかもしれません。時代は変転するのですから。

ということで、自分自身の制作活動にこの「エトス」と「パトス」がどのように織り込まれているのか、新年を迎えて考えているところです。

今アトリエには、明後日集荷を待つワークショップの作品F60号が今日の完成を控え、その左横には、S100号のキャンバス木枠が明日の組み立ての待ちの状態。右横の壁には、F100号のジェッソ下地が出来上がったキャンバスと小品サイズの木枠やキャンバスが乱立状態です。

3日程前、フランスから励ましの声を頂きました。かなり驚きました。フランスの現代美術の状況を、窺い知ることができました。心からお礼申し上げます。

その他、注文制作についてのお問い合わせメールも頂きました。

昨日は、損保ジャパン美術館から、2014年の出品制作の準備状況のお伺い、催促状のようなものが届きました。

今朝は、早々にアートプリントの作品の注文が1点入りました。

昨年5月から『画家川田祐子 芸術支援寄付』のプロジェクトも、お陰さまで当初目標額380万円から出発して、7ヶ月経過した本日の段階で、残すこと約197万円。すでに183万円をご寄付と画集や作品の売上で解決することが出来ました。ご理解、ご支援して下さっている皆様に心からお礼申し上げますとともに、今年1年更なる飛躍を目指して精進する所存です。

尚今年も従来の習慣に従って、年賀状等は用意しておりません。私の思いは、小さな枠に納まりきれませんので、このブログを持ちまして、新年のご挨拶とさせて頂きます。本年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。
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自然の制作とエマソンの「自己信頼」

一つの制作が形となったので、しばらく読書を楽しんでいます。制作の間でも、グレン・グールド、バッハに関する本を読んでいましたが、それを経由して、芥川也寸著の『音楽の基礎』を読みました。音楽の世界については、妹の領分であったので、これまであまり立ち入らないようにしていたところがありましたが、彼女の蔵書を実はこっそり覗いていたこともあって、音楽の仕組みへの興味は尽きません。

一方で、長い間少しずつ読んでいる本があります。『世界の歴史23 アメリカ合衆国の膨張』です。この中央公論社の全集を、実は子供の頃から蔵書していたのですが、もったいないことに一度全冊手放してしまいました。子どもの頃は1巻から読んでいましたから、今度は読み残した後ろの番号から買って読むようにしています。この全集はどの巻も著者の力のようなものを感じて、とても感動します。今回もこの本を読む事で、これまで漠然としたイメージでとらえていたアメリカというものを、歴史的に捉えることが少しだけできるようになった気がしています。特に後半部分の「アメリカ文化の展開」をとても興味深く読みました。ふと、例えばスティーブ・ジョブズという人の仕事が生まれた理由を自分なりに考えてみました。一人の天才が生まれるには、その国がその人を生み出す理由が必ずあり、その人の個という存在の渇望というよりも、その存在を共有する人々全体の渇望が個と一致している、という見方も出来るのかもしれません。

この「アメリカ文化の展開」の中にラルフ・ウォルド・エマソンの名前が出て来ます。アメリカの文化をヨーロッパから独立させ、独自の特徴を確立すべく努力した人々。彼らの思想基盤になった第一人者がエマソンであると紹介されています。その思想の中心となるキーワードが「自己信頼」です。改めて、エマソンの説く「自己信頼」について、言葉をたどってみました。著作は岩波文庫の『エマソン論文集』の上巻に治められているようですが、残念ながら現在古本でしか入手出来ません。そのかわりにいろいろな人が訳してサイト等で紹介しています。

例えばエマソンは、「自己信頼」で次のような言葉を残しています。

『自分の思いを信じること、自分の心のなかの自分にとっての真実はすべての人にとっての真実だと信じること、それが才能なのです。』(「自己信頼」)

その自己とは、世界中の賛同を得られるような神聖な高潔さが求められています。だから天命であったり天職という言葉になるわけです。これが「宿命」とか「とりあえずの仕事」という場合には、どこか天から見放された感がありますものね。それは高潔な精神にふさわしくない生き方ということでしょう。

『人にはそれぞれ天職があります。才能は天賦のものです。人には、限りない努力を傾けるよう暗黙のうちにいざなう能力が備わっています。この才能とこの天命は、人の本質、すなわちその内部に具現化された普遍的な魂のあり方に依拠するのです。人は、その人には簡単で立派にこなせるけれども、他人にはできないという仕事をするのです。そこに競合者はいません。なぜなら、自分の力を真摯に頼るほど、その仕事が、ほかの人の仕事とは大きく異なってくるからです。ーー略ーー 人は自分の仕事を果たすことで、自分が貢献できる事柄を他人に実感してもらい、自ら味わう楽しみを得ることになります。自分の仕事を果たすことで、自分を解放するのです。全身でほかの人々に自分のことを伝えられるようになるまでは、その人が天職を見つけたとは言えません。人はそこに自己の内面を表現する手段を見出すべきであり、それによって自分の仕事の正当性を人々に示すことができるのです。』(「精神の法則」)

自分自身を振り返り、そもそも自己をどのように信頼して来たかを思い出してみました。ターニングポイントになった出来事がいくつかありました。何度も違う道にそれて行きそうになったのですが、その度に自分の中に理由の分からない違和感が沸々と湧いて来るのでした。その直感のようなものは、決して一般的な理性的な判断、例えば経済的な事とか、家族の意見、「普通の人は」というような固定概念と全く相反するものでした。ですから、必ず葛藤や焦燥感があり、社会から孤立したような気持ちになる時期がありました。ですから何度も失敗して、一見居心地の良さそうな理性的な判断に流れそうになりました。

私の場合、そうするとろくなことが起きませんでした。不愉快な問題に巻き込まれたり、理不尽な扱いをされたり、居心地の悪い空気が用意されていました。あまり我慢し過ぎて病気になったり、どこに隠れていたのだろうと思うような自分の弱い部分が出てしまい、惨めな思いをすることにもなりました。それでも自己が萎縮せずに、進路を修正し、むしろその弱さを自覚する事で、少しずつ自分の許容範囲を大きくする事が出来たかもしれません。少々の失敗や自分の不甲斐なさも、自分のものと愛おしむことができたのだと思います。それは、おそらく子どもの頃あまり背伸びせずに、のんびりとした環境で育ったおかげでしょう。そしてそういう経験すらも今となっては全て、画家としての制作の活力や糧になってしまっています。

しかし、画家への道のりに軌道が乗るまでには、かなり時間を要しました。それでもおそらく「ここが画家になると決意した出発点」と自覚した地点があります。それは私にとってとても衝撃的な1日になりました。でも、これを文章にしてもあまり人には何が衝撃的なのか伝わらないかもしれません。ですから自分の自覚のために書くことにします。

それは1995年の3月16日か17日だったのではないかと思います。私は知り合いの作家のDMを持って東京の神谷町の小さな画廊に行きました。地下鉄の神谷町の駅を地上に上がると、なぜかあたりはものものしい状況でした。車両から大音量のマイクで何かに反対する抗議放送をしていました。とにかく煩くて、落ち着かない空気に包まれていました。それは画廊に入っても聞こえていたのです。その人の個展を見ている内に、私は言い知れぬ強い気持ちが込み上げて来て、それは外の騒々しさが相乗しているのか、やがて身体全体がバクバクと脈打つかのような異常事態にまで変化したのです。そういう経験は初めてでした。長い人生上には、頭が真っ白になって気が遠くなった経験が1度あり、それも一つのターニングポイントとなるような事件でしたが、この二つ目はまた全然違う衝撃でした。

その原因はその個展の作品にあるのでもなく、騒音によるものではなく、むしろそれらは、バクバクすることの心象風景として外に現われているかのように思われました。私自身の内側に、その原因がありました。この瞬間が私が明確に「私は画家になろう」という言葉になった地点になったからです。このニュアンスをもっと細かく説明すると「そうか、これまでいろいろなことに煩わされて自分が見えなくなっていたけれど、それは自分がこの瞬間に至るためにあったのかもしれない...。私は画家になると決意するためにそうなっていたのだ。」というようなニュアンスです。そしてそれは「自分でも信じられない、まさか自分がそのような大それた気持ちになるなんて...。」という驚きによるものだったのです。

私は立っていられなくなって、画廊に用意されていた椅子にしばらく呆然と座り、ほとんど作品は見えていなくて、ひたすら自分がこれからどのような行動に移るべきかを考えていました。結論として次の日に、「とりあえずしていた仕事」の「辞職願」を出す決意をしたのでした。

その3日か4日後の20日に、あの「地下鉄サリン事件」が起きました。六本木と神谷町の駅の間でサリンの異臭が起きたということでした。私はこのニュースを耳にした時に、私の中にも何かが終わったことを自覚したのです。それは私にとっての狂信的な思い込み、つまり「美術を研究する」役割という大きな勘違いの終焉と読み解きました。私は何かに向かって広く美術を学ぶ時期ではあったのですが、それが仕事になるのではなく、それを糧にして「美術をする」側の能力を持っていたことにようやく気づいたのです。しかし、その道程はとても険しく、常識では無謀な判断のようにしか思えませんでした。しかし、私にはもうこの道しかないと思う程に、自分の存在を持って行く場所が他になくなっていたのです。

その地点で、それまで少しずつ作品を描きためてはいたものの、周囲の人を説得するような理由や立証できるような成果は何もありませんでした。そしてまず「個展をしながら生きてみよう」と決意し、これまでの生活が全く変わってしまう事の大きな不安がある一方で、それでもその強い衝撃と不確かな直感に身をゆだねることにしたのです。ゆだねるというよりも、自分をためしてみよう、という気持ちの方が正確かもしれません。それがエマソンの「自己信頼」に値するものであったのかどうか,今もってはっきりとは判断出来ません。しかし、エマソンによると、その人の確固とした意志というよりも、もっと自然の成り行きに身を任せるような本能的な選択というもののようですから、やはりこれにあてはまるのかもしれません。

『実際の生活においては自然が意志に優越します。歴史においては、私たちが考えるほど意志は働いていません。私たちはカエサルやナポレオンの深遠で洞察に満ちた構想があったと思っていますが、彼らの力の真髄は自然にこそ備わっていたのであり、彼ら自身に備わっていたのではありません。彼らが成功したのは思いの進み行くままにその身をまかせたからであり、その思いもまた彼らのなかに障害のない道を見出したからなのです。そして、彼らが目に見える案内役となったゆえに実現した驚くべき成果が、彼ら自身の行いであったかのように見えるということなのです。』(「精神の法則」)

私が制作をすることに関して言えば、それをする分には何ら支障が起きることがありません。1995年から発表活動をして来ましたが、その間に起きた問題というのは常に制作以外のことに手を伸ばした場合のみです。その度に「余計な雑念を捨てて、制作に集中しなさい」と叱られているような気になります(苦笑)。思えばいろいろなことがありました。そしてもう制作はできないのではないかと事態にいたっても、何もせずにはいられなくて、やはりキャンバスに向かっている自分があります。

制作をして、一つまた二つと作品が完成してしまうと、それはもう手から離れてしまい、自分のものではないという感じになります。もちろん出来上がると嬉しいし、しばらくは「こういうものを制作出来る力がまだ自分の中に眠っているのか」とつくづく思いますが、もう次の制作の事に気持ちが移ってしまうのです。うまく出来ているなと思います。だいたい完成のちょっと手前で、その作品では出来なかったことが見えて来ます。それをその作品に入れてしまうと、また一から作り直すことになるので、それは次の作品にすることにします。それが消えないうちに、次のキャンバスの下地作りを始めることになります。

今は10号のキャンバスに向かっています。130号の作品で起きたアイデアを試しているのです。これがだいたい思うように行っているので、もっと内容を膨らませて100号の作品にしたいと思い、昨日木枠を組み立てました。10号キャンバスの隣では、30号キャンバスの地塗りが始まっています。これは来月KANEKO ART TOKYOに送るつもりで用意しているものです。130号の新作では、最初から構図をある程度決めておくといかに制作がはかどるかを今更ながら実感しましたので、そこでは使わなかった別の構図をこの30号で試してみようと思っています。

構図はいつも買い物がてら、空を見上げて教えてもらいます。空にいつもヒントが用意されているのです。昨日も素晴らしく気持ちの良い空でした。シンプルなのに複雑で、必ずはっとするような恵みがあります。それをスケッチすることはなく、身体の中に記憶させます。何かを見ながら写して描くという事を私はしません。目はいつも制作するキャンバスを見ていたいからです。記憶したものがスクラッチの時に手の動きになって流れ出て来ます。空の雲の形状と配置は、目に見えない大気の動き、風の成せる技だからです。この風を自分の中に持つのです。そして目にははっきり見えなくなる下地のスクラッチに入れるのです。

自然と共に生き、制作する事が今の私の幸せです。

『グレン・グールドは語る』

黙々と筆を進めております。

最近グレン・グールドに目覚めました。
精緻で独創的な解釈に裏打ちされた演奏。
バッハの解釈に触発され、ベートーヴェンの独創的な表現にびっくりです。
演奏者の声が聞こえて来るなんて!!
沢山の著作も残されていますが、まずは『グレン・グールドは語る』を読んでいます。

そして、明けても暮れても制作。
寝ていても、両腕を上げたままでないと落ち着きません。

今は、新作の題名のことで頭がいっぱいです。

そしてそのあいまにヘーゲルの『歴史哲学講義(下)
ヘーゲルのギリシャ精神に対する解釈が素晴らしい。
「精神の高揚が最初は外界の自然の動きとしてあらわれ、つぎに人間の内面におこる変化−−できごとの意味は真の内面的な意味として認識され....」(p.29)

日付けを超越して、ただここに漂い、永遠を生きるようにして存在するかのような日々です。

ヨーゼフボイス

先日長野市立図書館からの帰り道、善光寺大門周辺で自然食品のお店を発見しました。店先に「酒粕あります」の貼り紙。早速買い求めて帰って来ました。厚木の酒蔵を持つ酒屋さんではただ同然でもらったことがありましたが、善光寺メインストリートではちょっとお高く、1kg450円でした。とはいっても、1kgあったら,相当楽しめます。板粕ではなくて、練り粕と呼ばれるタイプです。「今の時期は練り粕なんですよ」とお店の方。私は、練り糟ははじめてでしたが、とても使いやすいので、これからはこの時期に酒粕を買おうと思いました。

調べてみましたら、甘酒と酒粕とは違うものだそうです。甘酒は飲む点滴と呼ばれるくらいに、栄養剤と同じ成分が含まれているとか。酒粕はお湯に溶かして砂糖を加えて、簡易の甘酒として楽しむことのできるものと紹介されています。いずれにしてもとても栄養価が高く、アミノ酸が豊富。さまざまな効能があるようです。江戸時代の人は夏に甘酒を飲む習慣があったと聞いた事があります。甘酒売りというのが町をまわっていて、暑気払いに冷たい甘酒を飲んだそうです。今の時期に飲むのが正しい処方のようです。

ふくろうやらアワフキムシの鳴き声を聞きながら、夜、制作の合間にちょっと一休み。甘酒を楽しむようになりました。私はマグカップにお水と練り糟と黒砂糖を入れて、しばらくよく混ぜ合わせ、それを電子レンジでチンして頂いています。長野の夜はこのところ20度近くまで冷え込みます。外を歩く人が「さむっ!」と小走りに歩く声が聞こえる程です。甘酒を飲むと身体も心も温まり、また制作に向かう力が漲ります。

ちなみに長野市立図書館ではドイツ現代美術作家ヨーゼフ・ボイス関係の図書を2冊借りて来ました。氏曰く、「これからは誰もが芸術家であり、世界彫刻に参加するのだ!」この真意を知りたく読んでみました。私は、その意見に賛同しますが、彼のカリスマ性には、ちょっとついていけないかもしれません。社会活動家として民衆を煽動して行くような感じを受けなくもありません。そういう時代は、もう過ぎ去ったようにも思えるからです。でも言いたい事はなんとなくわかったような気がしました。

私はむしろ、ドイツの現代作家では、アンゼルム・キーファーが好きです。ベルリンにあるハンブルグ駅現代美術館で2005年11月に見た作品には圧倒するものがありました。

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左手前の鉛の本棚には、何か人類の知に対する畏怖のような、ずっしり胸に来るものがあります。作品としてものを残す活動、この重要性を再認識したいと今は思うのです。こういう時代だからこそです。

次はジャン・ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』を借りてみようかと思っています。

泉(Fountain)ー『デュシャンは語る』

カラッと晴れ渡る夏らしい夏の朝を迎えました。風の通る窓辺で朝食(自家製ヨーグルトと1杯のコーヒーのみが目下の定番)をとりながら、しばし読書しました1冊が、この『デュシャンは語る』です。

前の記事にアングルの『泉』をご紹介しましたので、そういえば...、と本棚から読みかけの文庫を発掘して、再び読み始めました。デュシャンといえば、誰でもご存知の、あのレディーメイドの便器。その題名は『泉』と申します。私は、2010年に京都国立近代美術館での収蔵品展『マイ・フェイバリット』で実物(もしかしたら複製?なのでしょう。実物は紛失していることになっていますから)を見たことがあります。ちなみに京近美は、1987年から20年もかけてデュシャンの作品を集めているそうです。日本でこのようなコレクションが見れるのは、とてもありがたいことです。

アングルの『泉』とデュシャンの『泉』とでは、同じ美術表現でもまったく違う世界が繰り広げられております。しかしだからと言って、月とスッポンの違いでもないところが、また凄いところです。アングルの『泉』にしても,女性性のシンボル、裸体を人類の源と思わせる点、それもあたかもヨローッパではよく見かける、噴水の彫像のように固い表現になっているところが、風刺的で面白いところです。そういうヨーロッパの美術史的な流れを着実に汲んで、デュシャンの便器を同じ『泉』というテーマで見た時の、ヨーロッパ人の受け止めるものは相当な衝撃であったに違いありません。この本は、デュシャン本人にピエール・カバンヌという人がインタビューした記事をまとめたものですので、そのあたりの歴史的事実を知ることのできる貴重な資料かなと読んでいますが、案外作家というのは自分の作品について、客観的に言えない分、発言が控えめになりがちなものですから、ちょっともの足りないところもあります。

それを補うために、web検索で調べてみましたら、とても良い記事がみつかりました。デュシャンについて最新の最も優れた評論文と思いましたので、リンクを貼っておきます。とてもコアな(苦笑)内容かもしれませんが、そういうことに公共美術館が力を注ぐ意味はとても重要で大きいと私は評価します。

河本信治『デュシャンという物語の始まり』

私のような一画家が、デュシャン?と思う人もいるのかもしれませんが、同じような世界ばかり見ていては、全く視野の狭い作家に成り果てます。そもそもデュシャンは画家から出発しました。彼の言葉を辿って行くと、とても深く考えた末の重みがあることに気づきます。

ーーーあなたにとって趣味とはなんですか。

ひとつの習慣です。すでに受けいれたものを反復すること。何かを何度も繰り返していれば、それは趣味になります。いいにしろ悪いにしろ、同じようなものです。

芸術制作や活動というものは、必ず「それは趣味に過ぎないのではないか」という批判が出て来るものです。例えば、既成品の誰もが買うことのできる便器を、美術品として展示しようとするその意志を「それは単なる趣味なんじゃないか?」と言う人もいるかもしれないということです。もちろんデュシャンにそのような悪い趣味はないわけですが、同じことを,悪い趣味で行うこともできる、そういう批判というものが確かにあります。

作家という人は大なり小なり、誰もがその批判にさらされていると言えるはずです。
「美術は子供でも出来る」
「美術は遊びとどう違うの?」
そういう率直な批判めいた意見や疑問というのは事実あります。

このインタビューの質問は、そこで投げかけられたものと言えるでしょう。
確かに、デュシャンが言うように、もし繰り返し意味もなく執拗に『泉』の便器を発表し続けたら、それはもはや芸術活動とは言えなくなったに違いありません。変質者の事件扱い(苦笑)。

しかし、笑い事ではなくてそうした趣味や習慣のようになってしまう美術表現も、悲しいことに存在する事も確かです。上手に出来ることばかり繰り返していると、作品そのものに精気がなくなるのはそのためです。見る人に「それはその人の単なる習慣なのではないか」「上手く出来る事を単に楽しんでいるにすぎないのではないか」と感じさせてしまうからでしょう。そこで、1点1点、新たなテーマや目標を自らつくり挑戦して行く、そういう姿勢で制作していくことがとても重要になるわけです。

汲めども汲み尽くせぬ、まさに『泉』のような何かをみつけた作家にとっては、次々とテーマや目標が作品から自ずと与えられるものですが、これが出て来ない、一発芸みたいなものの場合は、とても苦労があることでしょう。
事実デュシャンは、作家活動を一時やめて、チェスの名手として活躍する時期があり、身をもって「遊びとは何か?」ということを真剣に考えさせる生き方をしていたと言えるかもしれません。

この人がなぜこのような難しい表現活動を実現しながら生きることが出来たかというと、パトロンであったアレンスバーグの存在があったためです。この人によって集められたデュシャン・コレクションの全貌は、今日フィラデルフィア美術館で見る事が出来ます。デュシャンの活動はこの人の存在があってこそ。そのコレクションが後の人類の文化に与えた功績は計り知れません。デュシャンのこの『泉』がどれ程の重要な意味を持っているかは、是非、河本信治氏の記事でお読み下さい。ガンダムや初音ミクの話しにまで及ぶ影響を知り、驚く方も多い事でしょう。美術活動というのは、そのように人間の世界を揺るがし、新しい創造を次々と生み出して行く力があるものです。

さて、このように同じテーマでさまざまな作家が自分なりの作品を展開して行く、模倣ではなく、パロディ、焼き直しとか、カバーバージョン、というような連鎖というものが、芸術表現には存在します。例えば、デュシャンの『階段を降りる裸体』(1912)という、未来派やキュビズムの作風の絵画があるのですが、これを知っていると、ゲルハルト・リヒターの『Ema』(1966)という作品を見た時に、感動が全然違うものになります。 リヒターは奥さんのエマが裸で階段を下りているところを、手ぶれで撮影したような写真を絵画として表現している代表作があります。これについては、こちらのサイトで画像付きで紹介されていました。

美術表現の連鎖という楽しみは、きっと美術史への興味へと導くに違いありません。美術館の特別展も確かに素晴らしいものですが、是非こういう暑い日には、涼しく人気の少ない美術館の所蔵品展で、美術史の流れに沿って作品を観ることをお勧め致します。

最後に、私の『FOUNTAIN(泉)』という作品をご紹介致します。

fountain-s.jpg
ed.26 ジャーマンエッチング紙・ジクレー

fauntain-bedroom.jpg
「泉」は今日寝室にある、という表現にしてみました。
南橋本マンションギャラリーMID OASIS TOWERS協力

これは私のキャンバス作品の『Aquaflower』という作品の画像を、新しくアレンジしてプリント作品にしたものです。

Aquaflower#2小

Aquaflower, 2008, 27.3×22.0cm,
acrylicgouashe on canvas

元の作品から全く変わってしまっているので、それとはほとんど気づかないのが普通かと思います。私はこれらの作品シリーズを蝶など昆虫の変態『Hypermetamorphosis(ハイパーメタモ)』に類似した表現と位置づけています。このシリーズの一番最初に「これだ!」と自分では手応えがあって出来上がった自信作です。でも、未だにこのシリーズを正しく評価して下さる方には出会えていません。時代に早すぎた表現なのだと思います。

この作品を2011年に個展で発表した時も、時期が悪かったのか、見に来る人がとても少ない結果に終わってしまいました。それでもたった一人ですが、この作品の前で、「買いたいのだけど...、凄く良いのも分かるんだけど...。」と言いながら、しばらく固まってしまった人がいて、手に汗を握る瞬間がありました。画廊のオーナーがつかさず「飾る壁がないのなら、トイレでもどうでしょう?」と一押し努力されました。「....」沈黙と共に、皆の脳裏に「トイレ??!」という衝撃が流れました。で、結局その人は買われませんでした。

その時に私の頭の中には、このデュシャンの便器がはっきり見えたことは言うまでもありません(苦笑)。そして、流石オーナーの言っていることは深い、とは思ったものの、それがその人に伝わったかどうかは確信を持てずに今日に至っております。