新年のご挨拶ー猿も木から落ちる

昨年12月の個展の間に、安泰寺のネルケ無方老師から、
自給自足で作られた無農薬の玄米を頂きました。
勿体無いやらありがた過ぎて、食べるのも躊躇うほどでしたが、
個展で上京する際に、玄米を粉にする専用のミルと、スープジャーと梅干を持って行き、
個展会期中は、この玄米を食べながら頑張ることが出来ました。

毎朝、粉にした玄米をスープジャーに入れ、
熱湯を注ぎ、梅干を入れてよくかき混ぜ、蓋をしっかり閉めておくと、
お昼には、ちょうど良いホカホカの玄米ミルクが出来上がっています。

玄米の量を加減すれば、スープとしても楽しめました。

玄米は、万能の栄養食で、おそらくこれさえ食べていれば、
おかずなど食べなくても生きていけるのだそうです。
そこまで徹底して確かめたことはありませんが。
こういう食生活は、甲田式の食事方法を勉強して、
そこからヒントを得たものです。

私は自分の人生を、制作に捧げるつもりで生きていますから、
自分の食欲を満たす最低限の食事を心掛けていて、
それ以上の過度に美味しいものや、
贅沢な食事はしないようにしているのです。

それは長生きをしたいからという理由からではありません。
自己コントロールが出来ることが、制作する上でとても重要だからです。

食生活すら自分の意思で管理できないようでは、
自分の思い描くような人生は生きられない、
思い通りの作品を生み出すことは出来ない、
といろいろな人たちを見て経験的に感じて来ました。

何のために、どのような食事を取るべきか、
なぜそれを食べたいのか、
いつも自問自答して注意深く食べるようにしています。

まずは、それを作った人の顔がわかることは、すごく大切なことで、
もっと言えば、その原材料までよく知った上で食べることは、
自分を丁寧に生きることにつながります。

その頂いた玄米ですが、
感謝しながら袋の三分の一くらいをジップロックの袋に入れて、
上京する時に持って行きました。
その際に思わぬものが、米袋から出て来ました。
それが画像の写真が印刷された葉書です。

「猿も木から落ちる」これを見つけた時は、
思わず大笑いしてしまいました(爆)

saru

ネルケ無方老師の気取らない、
底抜けの明るさに感動するとともに、
襟を正して、猿は我が身と、
くれぐれも気をつけようと自分に言い聞かせた2回目の上京。

ところが、木から落ちたのは、
今のところ私ではなくて画廊のオーナー、
ということになってしまったのは、大変驚くべき展開でした。

生きている間には、こういうこともあるものだなぁ、
と不測の事態に驚きながらも、
何とか乗り越えた2015年の年末でした。

画廊オーナーは、軽度の脳内出血で入院したものの、
お陰様でゆっくり回復に向かっています。

12月20日の朝、ご自分で異常に気づいて、
電話で救急車を呼び、玄関もご自分で開けたのだそうです。

その際に、右足が動かなかったそうですが、
いつもスポーツジムで鍛えていたことが功を奏して、
左足、左手で玄関までたどり着き、
一命を取り留めたと仰っていました。
どこかで諦めてしまっていたら、
このような話を書くことは出来なかったかもしれません。
やはりこのお話も、日頃の自己管理の大切さを物語っている話しです。

31日に病院へお見舞いに行きましたところ、
すっかり元気なご様子で、
相変わらずしっかりした眼力で、
個展の後片付けの報告や、
次のスケジュールの打ち合わせもすることが出来ました。
「もう右手で文字を書けるけど、こんな汚い字なんだ」
って仰ってましたが、
元々とそれ程変わらないように思ったのですが(汗)、
「読めればいいんじゃないでしょうか」と、答えておきました(苦笑)。

「これは、まだ生きてて良いってことだと思うから、ありがたくて、ありがたくて」
と、すっかり涙もろくなられていました。

人にはいろいろな側面があると、
私は常にそう感じて人と接してきました。
例え厳しい人、付き合いの悪い人、
愛想の悪い人として、敬遠される人であっても、
全く違う側面を持っている場合が多いものです。
一方的に表面的な通り一遍な付き合い方では、
それは感じ取れないようになっています。

よく咀嚼して、味わうことで、食べ物の滋味を知るように。
人もまた、よく知らない内にその人を判断してはならないとつくづく感じます。
さまざまな場面で、人に対して大らかに、そのような機微を感じ取れるよう、
より一層精進しなければと自分に言い聞かせました。

大抵の人間関係の問題は、この一言に尽きると思います。
今回の事態に、少し疲労が増しましたが、
私自身は、今後の予定に気が張っているせいか、
特に動揺することもなく、
平然と新年を迎えることが出来ました。

不測の事態にあっても、ふと、
昨年の秋に長野の寂れた映画館で見た
2つの名前を持つ少年」を思い返し、
大丈夫と思えることが出来たからです。

その映画は、実話を元に、
少年少女のために書かれた物語が映画化されたものです。
ナチスのゲートから逃げ出したポーランド生まれのユダヤ人の少年が、
ナチスに追われながらも、極寒のポーランドの森を旅しながら生き抜く話でした。

父や出会ったユダヤ人の子供たちは、皆囚われ、殺されてしまい、
それでも今日よりも明日をと前を見て、
自分の持てる知恵と勇気とで、果敢に生き抜きます。
途中、粉挽の仕事にありついて、
乞食の生活から一変して明るい兆しが見えて来るのですが、
そこで事故に巻き込まれて、右手を切断することになってしまうのです。
自暴自棄になりながら、それでも挫けずに、
しかし彼は、その右手が無いことで救われていくことになるのです。

ピンチがチャンスに変わることがある。
そう教えてくれた心に残る映画となりました。

今回のピンチにしても、かえって、様々な方々からご心配頂いて、
個展で発表した大作「揺光の花」が個人の所有となるなど、
大きな成果をあげて、締めくくることが出来ました。

このような明るい展望を持って新年を迎えられますのも、
一重にご支援して下さる方々のお力添えのお蔭様です。
心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。

新年がこのブログ記事を読まれる方々にとって、
輝ける1年でありますように!

追伸1
個展感想のメール、お手紙、年賀状など、沢山頂きました。
ありがとうございました。
ゆっくりお返事を書いて行きますので、遅くなりますが、お許し下さい。

追伸2
画廊を応援して下さる方が、
ブログに励ましの記事を書いて下さいました。
オーナーに、この記事を読んで差し上げたところ、
涙で顔がびしょびしょになりながらも、
みるみる元気になりました。
本当にありがとうございました!
http://blog-shozo.com/life-cafe/

過ぎ行く夏

先週、今週と雨がよく降り、今日も雲の厚い涼しい朝を迎えました。

天候の都合で、奥志賀高原への旅を見送っている内に、夏も終わりというような気配。
読書のひと時に、美しい文章を見つけましたのでご紹介します。

「砂の一粒に世界を
そして野の花に天界を見る
手のひらに無窮をつかみ
そして一時間の中に永遠を感ず」(ウイリアム・ブレイク)

To see a World in a grain of sand,
And a Heaven in a Wild flower,
Hold Infinity in the palm of your hand,
And Eternity in an hour.

(Auguries of Innocence : William Blake)

先週は、善光寺近くの権堂商店街の中にある小さな映画館で、
涙するまで生きる』を見て来ました。
文学者アルベール・カミュの知られざる過去を描いたフランス映画です。
自分の命を大切にすることの難しさ、重要さ、意味。
この映画はきっと死ぬまで、私を強く支えてくれるに違いありません。
そして、世界中の人々が、誰かの犠牲になることなく、
一人ひとり自分の命を大切にするだけで、
戦争のない平和な世界が実現出来るのでは。
そう、しみじみ考えさせられる心に残る映画でした。

帰りがけに、近くの古書店に立ち寄ると、『無意識の探求 ユングとの対話』を発見。
河合隼雄氏の解説付きでした。
800円で売られていましたので、早速買って帰りました。
Amazonでは、4000円で売られている絶版希少本です。

そこから読書熱が再びはじまりました。

新潮文庫にカミュ著作の『ペスト』と『シーシュポスの神話』があることを知り、
長野駅前の平安堂書店に行ってみると、その並びに
心の深みへ 「うつ社会」脱出のために」』(柳田邦男 河合隼雄対談集)。

河合隼雄氏が、深層心理の話の中でプリブラムという人を紹介していました。
「プリブラムは、自分が意識することは自分にいま見えたり聞こえたりしている部分であるから、
意識する状態を変えれば、もっと別のことが見えるのではないかと考えた。」と興味深い文章。

早速、プリブラムを調べてみると、
投影された宇宙 ホログラフィック・ユニヴァースへの招待
という本を読むのが良いように思えて来ました。

長野市図書館に蔵書されていたので、昨日借りて来たところです。
とても読みやすい面白い本で、昨晩で3分の1まで読み進みました。

ホログラフの仕組みが、いまひとつわかりにくいのですが、
これまでに読んだことのある「ひも宇宙論」や、
もう一つの宇宙が存在するというパラレルワールドの話しや、
もう一つどころか多次元宇宙の世界が同時に存在するという考え方と照らし合わせて、
なる程と興味深く読むことが出来ます。

その科学的な難しい話の合間に、みつけたのが、冒頭にご紹介したウィリアム・ブレイクの言葉です。
詩集「ピカリング草稿」の中の「無垢の予兆」の最初の5行の部分だそうです。
ウィリアム・ブレイクとホログラフを繋ぐ接点とは...?
東洋的な一に全が宿るとか、全は一に集約されるというような世界観というところでしょうか。

制作では、今油彩画に大半の時間を費やしています。
画布と下地をどのようにしていくか、ドローイングとキャンバス作品との棲み分けをどうして行くか、
自分の中で制作のルールを一から組み立てているので、手際よくは進みませんが、
そういう混沌とした日々が、やがて私自身の潜在意識に蓄積されて、
作品の奥行きを形成して行くことになるでしょう。

夏の終わりを向日葵のドローイングにたくして、この記事の締めくくりと致します。

himawari
向日葵は大きな頭を傾げはじめ、脚下照顧。
雨露を浴びたコスモスは、天に向かって輝いています。

美についてーカント熱到来

お陰さまで、10月を無事に乗り越えて、個展に発表する制作に専念する毎日です。
これは一重に、作品を買って下さったり、ご寄付、応援の言葉を送って下さる方々のお陰です。
心から感謝申し上げます。ありがとうございます。

制作により力を注ぐ一方で、自分を少しでも高めるために、読書を心がけていますが、
最近夢中になって読めるものがみつかりました。

初めてカントに目覚めました。

経緯は、こうです。ハンナ・アーレントの『精神の生活 (下)―第2部 意志』を時間をかけて大切に読み進めているのですが、
そこにどうしても勉強しなければ分かり得ないことが、あたかも周知のこととして書かれています。
たいていウィキペデイアで調べますが、「カントが...」となると、
どうしてもカントを通過しなければ話しが実感出来なくなって来ました。

カントは、難解中の難解です。
図書館に並ぶ23巻の全集を見ただけで、側に近寄ってはならないオーラがあります。
そこで、入門書のような簡単な本を探して何冊か読むことにしました。
石川輝吉著『カント 信じるための哲学―「わたし」から「世界」を考える
これはかなり薄いにも関わらず、文章のひとつひとつが頭に入って来て、
とてもありがたく読ませてもらいました。
しかしあまりに平易すぎて、本当にその解釈で大丈夫なのかと、次第に不安も感じるようになり、
また本棚からかつて買って諦めていた岩波文庫の『判断力批判 上 』をパラパラとめくり始めました。

最初からは、どうしても読めなくて、結局上巻の後ろの方から、気になる項目を読み、
少し読めたような気になり始めた途端に、カント熱が到来。
カントって、実は日本では江戸時代の人なので、
今更夢中になっても古いんじゃないか、という気もしますが。
実は現代の哲学のほとんどがこのカントの影響を通過して来ているので、
やはり知らずして現代を語れないのではないかと思うに至りました。

それはそれとして、そもそも何が私をカントへと掻き立てたかというと、
アーレントの『精神の生活 (下)―第2部 意志』には、

人間の自由意思とは、本当にあり得ることなのだろうか?

ということが中心に書かれていて、
個人という存在が世界の大きな動きの中で、
本当に個人として自由に意志を持って生きていることになっているのだろうか?
ということを吟味しようとこの下巻を書いたということが、序論に述べられています。
そこにカントの名前が出て来ますが、まったくカントを知らないので、
なぜカントが引き合いに出されているのかがわからなかったのです。

そこで、市の図書館で調べてみると、
カントは人間がバラバラな個人の集合体を目的論という考え方で、
人間には共通性(共同体)の意識があるという、
「個」の殻を破る方向性を示しているということがわかって来ました。
では個の自由はないのかというと、そういうわけでもないのです。
どちらということが言えないというような立場のように感じられました。

それはカントの「美」についての吟味にも読み取ることができます。

カントは、「美は主観的なものでありながら普遍性を要求する」
という考えを示しています。

つまりわかりやすく言うと、私たちが美しさに触れた時に、
「この美しさは私が一人今発見したのだけれど、
きっとみんなにもわかるだろうから、この美しさを共に喜びたいなぁ」
という気持ちが起きるでしょ、と言っている感じなのです。

その時、美を感じる一人の人間の判断は、どんな目的も何かしらかの利便性からも自由であって、
そして理屈なんてなくて、ただただ「いいなぁ」というため息をつくその瞬間は、
まさに個人の自由意識で行われています。

しかしではそれは全くのその人個人だけの感覚で満足かというと、
そうではなくて大きな感動であればある程、
「これは多くの人にも同じ感動があるはずのものに違いない」普遍的なものなのだ、
と信じて疑わない感覚があるというのです。

するとやはり、人間というのは、それぞれ違う個体なのだけれど、
どこかで共同体の意識があって、つながっているんじゃないかと、
やはり私もそう感じることができます。

カントって、いい人だなぁとすら私は感じました。
(実際、カントは生前から、人間として人々の尊敬を集めた人格者であり、
恵まれた研究生活を送っ哲学者なのです)

それで、カントは「快適」「美」「善」と並べて、
「快適」は主観的な個人本意なもの、
「美」は主観的でありながら普遍的なもの
そして「善」は普遍的なものであり、
かつコンセプト、論理性がハッキリしているものなのだというのです。

「快適」と「美」とは、そういう意味できわめてあやふやなもので許される、
とするとかなりその3つの違いが見えて来ます。
そして美が道徳に向かって行くための道筋になっている、
あるいは道徳は形として把握出来ないので、
美がシンボルとしてあるという考えが示されていました。

「美」が「善」に向かうために、
カントは「崇高」という概念が不可欠であることを書いています。
自然の美には「崇高」さというものがあって、
それが人間に「畏怖」や「厳しさ」を感じさせる。
それは人間の「道徳」感情と同じもので、ただ単に体裁が美しければそれでいいのかというと、
美はさらにその向こうに、向かうべき目標があるのではないかというわけです。
カントにとってそれこそが芸術というものであったのでしょう。
趣味の範囲での体裁の整った美術品ではなく、
高みとしての芸術にはこれが求められると考えているようなのです。

快適なもの、美しいもの、善いもの、
こういう言葉は、現代のどのシーンでも必要不可欠の要素です。
どのような職業であるにしろ、これらの要素を考えずに仕事は出来ないことでしょう。
あるいは逆に、経済が優先するにしても、
これからの格差社会に、「善」を掴むことが出来るかどうかは、
見えて来る世界がかなり違って来ることと思われます。

余談になりますが、このカントの考え方に触れていて、
ふと思い出したことがあります。

「アーティストは、自由に自分の思いを作品にすることが出来てうらやましい。
私の仕事は依頼者の注文に合わせなくてはならないので、
自由意志というものが反映されにくい。」という言葉です。

アーレントによると、そもそも「自由」という概念は、
古代の奴隷が肉体的な「自由」を欲したところから発生しているので、
ギリシャ哲学では「自由」という概念は出て来ないのだそうです。

しかし現代では奴隷制が消失しても(とはいってもイスラム国には未だにあるそうですが)、
精神性における「自由」という問題が取り上げられるようになり、
果たして私たちは本当に「自由」を勝ち取っていると言えるのかどうか、
吟味する必要があるというのです。

つまり画家といえども、本当に自由意思で作品を手がけているのかどうか、
何らかの動向にただ押し流されているだけであったり、
一つの枠組みにむりやり押込められ、
あるいはそこに加わることで安穏とするだけの活動であったり、
経済が足かせになっている場合にそれは自由といえるのかどうかということです。

そこでそういう場所から遠ざかり、たとえそれらから自由となったとしても、
結局個人の自由意思などというものがそもそも目標ではなく、
やはり万人共通の意識というものに立ち向かうことになる。

個人的なクライアントではないかもしれないけれど、
やはり社会全体を意識しない表現は、
ただの個人の趣味でしかないということになりかねないわけです。

どの職業であっても、やはり目指す所は同じであって、
本当の自由というのは、個人とか共同体とかのボーダーラインが無いところに、
自分を高めた場合に存在するのではないか、
そう考えながらアーレントとカントを読み進めているところです。

そういえば孔子の論語には、
「七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」とされています。
私はまだ「五十して天命を知る」であり、
「六十にして耳従(した)がう」がまだまだ途上ですが、
あと二十年かけて、これらの境地を目指したいものです。

最後に、私が感動したカントの思い描くイメージをご紹介して、大きな希望につなげたいと思います。

それは、美しいものを美しいと感じる判断は、どの人にも自由であること。
そして快適なものというのは、何かのためにという条件付きだし、
善いものというのは、「こうあるべき」という目的に従わなければならない。
でも「美しい」という感情はどれにも拘束されずただただ嬉しい。
この「美しいものを感受するとき、私たちの心には自由が生まれている」ということなのです。

自分にとって、何が美しいものなのか、
それはまず美に出会うことなしには語れません。
では、美は一体どこに存在するのか?

海や山といった自然の景色でしょうか?美術館でしょうか?画廊でしょうか?
それらは美を確かめる場所です。

美そのものが、たとえそこにあったとしても、
ほとんどが見過ごされてしまうのです。
それはなぜでしょうか?

その答えとなる文章を私は最近知りました。
あなたにとってもその答えでもありますように。

「心の中に反省が沸きたち、思索の光に照らして自分自身を眺めるとき、
人は人生が美に包まれていることを発見する。
ラルフ・ウォルドー・エマソン(杉野裕実訳)

「月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ」法然上人

nagano-libro
長野市図書館エントランスの紅葉

母への手紙ー自律のすすめ

先日画廊から、「お母様が寂しがっておられます」という連絡が届きました。
私に連絡がとれず、画廊に問い合わせをしたようです。
これまでも何度かあることなので、画廊のオーナーもよく心得て下さっていて、
大変助けられております。
連絡を受けて、すぐに電話した後に、
次の朝には手紙を添えて長野の和菓子を送りましたが、
手紙の内容が充分でなかったので、今朝改めて伝えたいことを書き、
先ほど郵便ポストに投函して来ました。
7枚の長文になりました(苦笑)。
私のことを多くの人に知って頂くためにも、また画廊への報告も兼ねて、
その全文をブログにアップしておくことにしました。

プライベートなことなので、お見苦しい部分も多々あるかと思いますが、
画家も生身の一人の女性であることを知ってってもらう意味でも、
また同じような境遇の人たちへ、よい意味でも悪い意味でも参考になるかと思い、
そのまま露出することにしました。

 

前略

こちらは、もう寒くなると13度くらいまで気温が下がります。
長野の高原の方では、今年初めて零下の日があったようです。
日を追う毎に冬の到来を実感します。
玄関先には、ハナミズキの大きな木があり、
赤い実を沢山付けて、真っ赤に紅葉しています。

お母さんが、画廊に電話することについて、あれからまたちょっと考えていたら、
そういえば、子供の時、よくお母さんは、
「お父さんが口をきいてくれないと、しょっちゅうくよくよ悩んでいたな」
ということを思い出しました。

その時は、子供だったので、お母さんは犠牲者で、
お父さんは冷たい人、病気なのだとまで思わされていました。
たぶん、「お母さんはまだずっとそう思い込んでいるだろうな」
「私もお父さんにそっくりと非難しているだろうな」
と思ったので手紙を書くことにしました。

私はそういうお母さんの悩みを聞くのが、子供ながらとても辛かったので、
一度お父さんに直接どうしてそういうことになるのか、聞いてみたことがあります。
その時には、子供だったので、あまりよくわからなくて、やっぱり、
ずっとお父さんは意地悪な人で、お母さんはかわいそうな人と長らく、そう思い続けていました。

でも今、歳をとって振り返ると、わかることがあるので、
お母さんにそのことを教えなければと思いました。

日本は戦争が終わって、急激に社会が変わりました。
お父さんも、お母さんもその渦の中に巻き込まれて生きて来ました。
そしてその急激な変化によって、大まかに言うと、二種類の人が混じったような感じになっています。
その二種類とは、「自分の意志や考えを持って生きられる人」と「自分の考えが全くない人」です。

私が、日本の社会を見た感じでは、まだそれが1対9くらいの割合かなと思っています。
お母さんくらいの年齢の女性では、ほとんどが「自分の考えが全くない人」です。
それで、おばあちゃんをはじめ、お母さんの姉妹や親戚を見渡しても、
どうも「自分の意志や考えを持って生きられる人」は見当たらなくて、
お父さんと、裕子と、私だけが「自分の意志や考えを持って生きられる人」です。

でも、お父さんにしてもやはり最終的には、「自分の考えが全くない人」の中に飲み込まれてしまって、
自分の自由意思で生きられなかった人になってしまったと、私は思っています。

日本では、まだまだ、「自分の意志や考えを持って生きられる人」になるのには、
本当に大変なことなのです。
なぜなら、「自分の考えが全くない人」が家族の中にいて、足を引っ張るからです。
そういう人たちは、「自分の意志や考えを持って生きられる人」を
変な人、自分たちの秩序を乱し、迷惑な人、自分たちを軽蔑する冷たい人と感じるので、
ことごとく邪魔をします。
それは、悪気はなくて、自分たちを守るために無意識でしてしまうことがほとんどです。

お母さんが、長らくお父さんに感じていたのは、その違和感なのです。
お父さんとお母さんの間には、そういう大きな溝がありました。
そのことをよく知らないでお互いに結婚したことは、とても不幸なことです。
しかし、この溝に気がついていない人は、まだまだとても多いです。

私がそれに気がつけるのは、ドイツで生活したために、
日本の社会が、世界から見て、どういう特徴があるかが、よくわかるからです。
ドイツでは、「自分の考えが全くない人」はまず一人もいません。
なぜなら、子供の時から「自分の意志や考えを持って生きられる人」になるように、
家庭でも学校でも教育されるからです。
ですから、ドイツをはじめ、ヨーロッパの国の人から見たら、
日本に沢山いる「自分の考えが全くない人」達は、尊重すべき人間ではなく、
まるで大昔の奴隷やもしかしたら犬やネコくらいの下等な動物くらいに見えるのです。

日本は戦後、急激に経済発展し、今では世界に誇れるような最新のファッションや科学技術を持ち、
都会の光景も変わったし、見た目には、皆りっぱに見えるのだけれど、
ヨーロッパから見ると、上っ面だけ整えただけの、
まだ中身は奴隷のママの人たちと思われています。

お父さんは、終戦後、北海道に戻って「なぜ生きて帰って来たんだ」と親戚中から避難されたから、
おそらく「自分とはいったい何のために生まれ、どう生きたら良いのか?」と猛勉強したと思うんです。
そのおかげで、人からは変な人と思われながらも、
結婚するまでは「自分の意志や考えを持って生きられる人」であったと思います。
でも、家庭を持つことで、やはり次第に自分の考えを無くして、
家族のために働くお父さんに成り下がってしまいました。
本当に残念なことです。
お父さんには、いろいろな可能性があったはずです。
それを私と裕子とお母さんのために犠牲にしてしまいました。

そのお父さんの犠牲を、無駄にしてしまってはいけないのです。
裕子も私も必死になってここまで、変な人として頑張って来たわけは、そういう思いからです。
お父さんが、親戚付き合いをしなかったのは、
私と裕子が「自分の考えが全くない人」たちの犠牲にならないようにするためでした。
そのように守られて、「自分の意志や考えを持つ人」に育つことができたのです。

それにしても、「自分の意志や考えを持つ」ことはとても大変なことです。
日本の社会では、ドイツのように教育してはくれないからです。

そういうわけで、「お母さん」対「裕子と私」には、大きな生き方の溝があるのです。
お母さんの目から見れば、裕子と私は、冷たく変な人で、
お父さんの病気を受け継いだ厄介な人に見えることでしょう。
しかし、私と裕子から見ると、お母さんもその親戚も、
全く古いどうしようもなく悲しい人たちに見えるのです。

そこに巻き込まれるのが困るので、親戚付き合いを敢えてしないのです。

そういう意味で、私から見ると、お母さんがこれまでくよくよ悩んだりしている姿は、
残念であり、かわいそうなことです。

お父さんもおそらくそういうお母さんの行く末を案じて、
お茶のお稽古に協力的だったのだと思います。
お茶は、禅の考え方をもとにして出来ています。
禅とは、「自分というものは全く無い」ということと
「自分はしかし今ここにある」という相反した矛盾を、
自分のものにすることだからです。
この両方を自分のものに出来れば、どのような社会であろうとも、時代であろうとも、
自由に生きることが出来ます。

そういう意味で、「ほどほどに」親戚と付き合うけれど、
「自分の生き方は自分の意志で決めたからには譲らない」という生き方は、
禅修行した私の生き方そのものです。

ですから、「ほどほどに」しか、お母さんとも接しないのです。

私もまだ志半ば(こころざしなかば)なのです。
せっかくこれまで積み上げて来た生き方を、ちょっとした油断で崩すわけにはいかないのです。
そのように考えられるのは、自分の意志や考えを持って生きて来られたからです。
お父さんに、そのことは感謝しても感謝し尽くせません。

「自分の考えが全くない人」は、常に他人との関係で自分があると思い込んでいる人たちです。
自分が子供に対して「親」であるとか、
社会では学校で働いている「先生」とか、
会社で働く「サラリーマン」である、という具合です。
お母さんの場合は、お父さんの「妻」であり、私たちの「母親」であり、
おばあちゃんの「娘」という役割で、
自分は意思がなくても存在を主張出来ます。
しかし、その存在の仕方は、とても弱いありかたなのです。

職場から退職した途端に、学校の先生も会社のサラリーマンも、
「自分とは一体何だったのだろう?」と悩みます。
夫が亡くなり、子どもたちが独立してしまうと、「私って何のために生きていたのだろう?」となります。
そこで一生懸命親の介護をして、自分を無くして最後まで尽くそうとしてしまうのが、
日本のおおかたの女性の行く末です。

それで、自分の親が亡くなってしまうと、
結局自分が全く何も無くなって、ただ死を待つばかりになります。
中には、お金をたくさん溜め込んで、お金が自分だと思い込む人や、
家そのものを自分だということにする人もいますが、
最後に病院に入院して、裸にされて手術されたりすると、
自分の存在に何の誇りも持てなく、惨めな思いしか残らない状態になります。

おばあちゃんが、かろうじて自分の存在を確かめられるのは、娘たちがいるからです。
しかし、介護施設に入れられて、一人ベッドの上で眠っているときに感じるのは、
全く「自分がない」ことの恐怖なのです。
それは死んでいるのと全く同じだからです。

この最後の「一人になった時」に「自分は、十分に良く生きて来たな」と思える人に
「無」の恐怖などありようがありません。
あるいは逆に、「自分など全くの無」であるということを徹底した人もまた、
「無」の恐怖はないのです。

私が、お母さんにお茶を大事にしなさい、
お茶の修行に専念しなさいというのは、このためです。

お母さんは、私から見ると「全く自分が無い人」です。
今から裕子や私のようには「自分の意思を持つ」ことはムリです。
でも、お茶の修行を積めば、「自分など全く無い」の境地に至り、その経験を積むことで、
最後の最後に人が感じなければならない「無の恐怖」の試練に打ち勝つことができる、
そう私は思っています。
そうすれば、安らかな気持ちであの世に行くことができることでしょう。

医者は安全を提供しますが、安心を与えることはありません。
安心は、心の通う人か精神的なものしか与えられません。
心の通う人をあてにすると、その人なしでは安心は得られなくなります。
それは麻薬のようなものです。
そうではなく、精神的なものを自分の中に用意しなければなりません。
精神的なものとして昔は宗教がありました。
今の人は心からそれを信じてはいないので、それもあてになりません。
ですから、死ぬまでに、「これは自分の精神的な支えになる」
というものを自分の頭の中に持っていなければならないと思います。
その精神的な支えが、それまでに自分なりに積み上げて来た知恵の数々です。
心に残った励ましの言葉や、人から受けた愛情、芸術から得た感動、
生きて来て本当に良かったと心の底から湧き出る喜び。
それらの経験の数々を死ぬ間際に、ひとつひとつ思い返し、
自分はしっかり生きられて来れたかどうか思い返すことでしょう。
その時に何ら悔いなく、「これで良かったのだ」と納得して安らかに死にたいものです。

娘に介護をしてもらい、やさしく見守られて眠るように死にたいとお母さんは願っていることでしょう。
しかし、それは現実にはそうならないのです。
それをお母さんは、おばあちゃんの姿から学ばなければならないのです。

いつ人間が死ぬかということは、誰にも本人にもわからないのです。
そして死の最後にとことん最後まで付き合ってくれる特定の人は、誰もいません。
たまたま担当した看護婦や医者は知り合いでも何でもないし、
夜寝ている時に誰にも知られず死ぬ場合もあるでしょう。
私にしても裕子にしても、自分の仕事で精一杯で、
社会的な責任もあるので、ずっと看てあげることはできません。
だから、お母さんは、最後に誰かがいなければ、さみしいとか悲しい、
というような心細い性格を直しておかなければなりません。

それで、お父さんも、裕子も、私も、ほどほどにしかお母さんと接しないのです。
自分の考えや意思が無くても、せめて自律くらいはして欲しいからです。
でも、お母さんは残念ながら、おばあちゃんの世界に取り込まれると、
たちどころに弱々しく、情けない感じになってしまいます。
お父さんは、今でもあの世で心配していると思いますよ。
「あいつはいつになったら、くよくよする性格を直して、
一人でも明るくりっぱに生きられるようになるんだろう?」って。

「いいかげんに、人をあてにしないで、自分らしく、自由にのびのび生きれば良いものを」と。

私はというと、おそらくこのままで行くと、最後は一人で何でもして一人で死ぬんだなと、
今から覚悟を決めています。
裕子がその時生きていようが、亡くなっていようが、
最後は誰にも迷惑をかけずに、一人でしっかり死を迎えたと思います。

去年骨折して救急車を仕方なく自宅に呼び、一人で病院に入院し、手術までしましたが、
その時に死ぬ時のよいシュミレーションが出来たと思いました。
死ぬことになりそうだという予感が起きたら、自分で真っ先に携帯から救急車を呼び、
「最後はよろしくお願いします」ときちんと病院に一言伝えて、
一人静かに死ねるように心の準備をしておこうと思いました。
病院のベッドで、死を迎える時も、誰にも看取られずに、
「ただひたすら自分を信じて画業に邁進した自分の人生を振り返りながら、
思う存分やったと自分で自分を褒め讃え」て、
ゆったりとした気持ちで心置きなく死を迎えたいと思います。

「アトリエで孤独死」は格好良いようで、
実はアパートの管理側からすれば、大変な迷惑だと思いますので。

アトリエも家も、そういう意味でいつ他人が入って来ても、
恥ずかしくないように心がけていますし、
目立った財産も持ち物もありませんが、
大きな作品だけは残されると、人はどうしてよいかわからないでしょう。
そういうことにならないよう、
作品がほとんど行くべきところに行き着くよう日々努力しなければなりません。

死に順番もありません。いつ誰がどのように死ぬか、誰にもわかりません。

ですから、誰もがその期(ご)に及んで慌てず、騒がず、人様の迷惑にだけはならないよう、
しっかりした心構えを持って「日々是精進」しなければならないと思っています。

この手紙を、何度も繰り返し読み、お母さんは残り少ない大事な人生を、
どう有意義に生きるべきかをよくよく考えるようにして下さい。

追伸:この手紙を書くために朝4時半に起きて3時間半費やしました。
しかし、電話ではうまく伝えにくいことが書けたと思います。
電話では、余計なことをお互い口にすることになるので、
そういうことは避けたいと思います。
用件がある時は、電話ではなく、手紙でお願いします。

                                           祐子

追伸:Facebookで、この記事を紹介したところ、とても反響がありました。
ご自分の体験を教えて下さる励ましのメッセージも頂きました。
ありがとうございました。
また、ご意見ご感想に応じて、この記事の補足もしました。
ご興味のある方は、Facebook の方でお読み下さい。

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暑中お見舞い申し上げます

昨日までの猛暑のせいか、今日はとても涼しく、
日が暮れてからは、上着を1枚羽織りました。
室内の温度計は26度です。

PCを立ち上げていなかったので、
しばらくブログやFacebookなどから遠ざかっていました。
プロバイダーを格安のものに変えたため、
インターネットの使い勝手が変わったことに原因があるかも知れません。
でも、かえって無駄にPCに時間を束縛されることもなく、
ありがたいことと感じるようにもなってきました。

この数ヶ月間は、大作の130号を制作をしながら、
日々の習慣を少しずつ見直し、
制作に集中出来る環境づくりや健康的な生活を心がけていました。

食生活ではコーヒーをやめました。
未練がなく、あっさりやめられたのは意外でした。
身体にどうのというよりも、ゴミ箱に入っているコーヒーの匂いがダメでやめました。
長野では、冬にほとんどゴミが匂わないので、
暑くなって来ると、とても気になるようになるのです。

そういう意味で、肉や魚も1ヶ月に1〜2回ゴミの日の前の日に食べるだけにして、
後は、とにかくタンパク源は大豆食品を中心に摂取するようにしています。
それから保存食としても助かるナッツ類をすり鉢で潰し、
ジャムと合わせてパンに塗るのがこのところのマイブームです。

甘いお菓子は食べず、新鮮な果物でジャムを手作りしています。
今はとにかく地産のプルーンが安く、美味しいです。
長野産の果物が店頭に並ばない少し前の時期には、
宇和島産の宇和ゴールドというグレープフルーツをマーマレードジャムにしていました。
少し苦みが強いのですが、これがかえって新鮮で美味しく感じました。
来年は、あんずジャムに挑戦出来ればと思っています。

生活用品では、市販のシャンプーやヘアクリームをやめて、
小麦粉シャンプーに切り換えました。
肌や顔に使う化粧水も市販のをやめて、
薬局で購入したグリセリンと尿素と水でつくる手作り化粧水に変えました。
つくり方は、ネットで検索するといろいろな情報が手に入ります。
こういうのを「脱ケミ(カル)」というのだそうです。
無駄な容器も捨てずに済み、肌荒れが解消し、
環境問題に少しでも出来る範囲で努力出来ることが何よりも嬉しい。

日々の制作環境も整えるべく、断捨離を心がけながら室内の模様替えをしています。
持っていたソファを一つ解体しました。
長年の使用で、クッションに癖がつき、それが腰に悪いことがわかり、使用を断念。
全て自力でバラバラにしました。
ほとんど骨組みにハリボテのような構造で、こういうものの上に座っていたのかと、
少し騙されたような気持ちにもなりました。
大量のクッション材は小さくして廃棄処分。
スウェードの皮革は、これからスリッパ等に再生してみようと思っています。
解体しながら、もし変なものが出て来たらどうしようという、
ゾクゾクしたりわくわく感すらありましたが...、
なぜか、古く錆びた100円玉が発掘されました(苦笑)。

そして、今日は思い切って、
これまでアトリエに置いていたキャビネットを
ヤフオクに出品しました。
ほとんど、物置にすぎなかったので、
より活用して下さる人の手に渡ることが大事と思います。

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それから暑さ対策として、
これまで窓からの熱を室内に入れないために、
窓に反射シート(NASAの断熱材と言われている商品)を貼っていたのですが、
しかしこれでは、室内が暗くなりすぎてしまうため、
透かし彫りの衝立てを窓辺に立てるようになりました。
これまで西向きの窓辺で眩しかった左目が楽になりました。

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読書は、長野市図書館と長野県立図書館へ足しげく通い、
読みたい本と読書のスピードに折り合いがつかず、歯がゆい思いをしています。

プラトンの「国家」を読み始め、
下巻に登場する「洞窟の比喩」というソクラテスの話しに興味を持ち、
『ハイデッガー全集 真理の本質について』におさめられている
「洞窟の比喩」のハイデガーの解釈に奮闘しながら、
ヤコブ・ベーメの著作やヘルダーリンの著作も調べたくなっているところです。

ハイデガーの全集が、県立図書館の閲覧室でいつでも手に取ることができるのは、
とても恵まれていることです。

「洞窟の比喩」はYOUTUBEでとても分かりやすく説明されている動画を発見しました。
興味がありましたら、ご覧下さい。

平行してハイデガー著の『貧しさ』も読んでいる最中です。

ヘルダーリンの言葉

「我々においては、すべてが精神的なものに集中する。
我々は豊かにならんがために貧しくなった。」

についての、ハイデガーのどこまでも底なしのような奥深い洞察と解釈を楽しんでいるところです。
この場合の「貧しさ」とは、「ものを持たない」「つましさ」と解釈出来るのかなと思いました。
何でも手に入り、便利で、何もかも行き届いた飽和状態の生活は、果たして幸せと言えるでしょうか?
もの足りなさががある方が、人は努力し、生きる意欲が湧いて来るものだと今まさに実感しています。

そして、より多くを求め過ぎ、執着する生き方は、返って卑しく、貧しく目に映るものではないでしょうか?
最低限必要なものを見極め、敢えてそれ以上を必要としない生き方は、
たとえ端からものを持たない貧しさに映ったとしても、
実は、既に充実した状態であり、
そういう生き方が、潔く、美しく、豊かであるように思えてなりません。

自然と同調し、ひっそり静かに制作出来る喜びを充分噛みしめ、
そう出来ることへの感謝の気持ちをいつまでも忘れないようにしたいと思います。

そんなこんなで、毎日が矢のように過ぎて行きます。
一方制作はいままで以上に時間がかかるような方法になっていて、
とにかく日々コツコツと粘り強く、忍耐強く取り組んでいます。

ハンナ・アーレントー映画

昨日、ドイツ出身でアメリカで活躍したユダヤ人哲学者、思想家アーレントの思想の一端を紹介するドイツ映画「ハンナ・アーレント」を見て来ました。監督も女性です。とても心に残る良い映画でした。

アーレントの思想自体が優れていますが、映画も伝えたいことが端的にまとめ上げられていて、色々な意味で見れて良かったとつくづく思いました。

心に残ったアーレントの言葉を書いておきます。

「アイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となった。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。”思考の嵐”がもたらすのは、善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬように」

アイヒマンとは、ユダヤ人の大量虐殺を指揮した人です。1961年に逮捕され、イスラエルで裁判にかけられました。その時の記録ビデオをそのまま組み込んで、違和感のないリアルな映画作りがされていました。

アイヒマンのような人間を作ってはならないと、今は皆思える時代になりましたが、このところ日中韓、ロシア、ウクライナなど国際情勢が非常に不安定です。

戦争が起きてしまうと、真っ先に犠牲になるのは、爆撃で殺される以前に、実は、弱く従順で自分の考えを持たない人たちが、権力に利用されることです。

多くの人にこの映画を見てもらいたいと思いました。

自分なりの哲学を持つこと、自分なりの価値基準を持つこと、あるいはその限界を知ることも大変重要です。そのために子供の頃から芸術や本に触れ、自分の感覚や思考を高める習慣が必要です。

国の用意する教育だけでは、十分ではないのではないでしょうか?あるいは、頼り過ぎることに疑問や危険すらも感じてなりません。全体主義という罠が用意されているからです。

アーレントの著作も是非読まなければと思いました。

追伸:昨日は極寒ながら、素晴らしい青空を見上げることができました。
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大雪の中で

8日の大雪の日に朝から上京しましたが、そのまま関東全域の交通マヒに巻き込まれ、
夜通し一睡もすることなく、吹雪の中で立ったまま、
タクシーを待つ経験をすることになりました。
結局9日の朝になってもタクシーに乗れず、始発で東京駅に戻り、
そのままやむなく長野に引き返して参りました。
予定しておりました日程に美術館、画廊にいることが極めて難しくなりました。
もし9日に私に会うために美術館に行かれた方がありましたら、
ご連絡が遅くなってしまい、大変失礼致しました。

往復の交通費を使ってしまったため、今のところ、上京する目処はありません。
私は不在ではありますが、美術館の作品展示は、どの方からも良いご感想を頂いております。
是非とも会期中までにご高覧頂ければ幸いです。

また明日からはKANEKO ART TOKYOにて個展が開催されます。
すでに作品は送り済みですので、今回画廊の方で展示してもらいました。
是非新しい展開をご覧頂ければ幸いです。

またの機会にお目にかかれることもあるかと存じます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

追伸:

帰りの電車の中で、内省する時間を持つことが出来ました。
内省したことをここに書いておくことにします。

私が今しなければならないことは、皆様にお会いしてご挨拶することではなく、
今後もその期待に応えられるような作品を制作し続けること。

制作以外のことをしようとすると、必ず自然から大きな叱咤を与えられます。
今回は、骨折などをしない内に無事に帰れて良かったと思うべきでしょう。

私に会いに来る方がいるのかもしれませんが、まずは作品をよく見て頂くことが大切です。
私がいると静かに作品を観ることができなくなるかもしれません。

これで良かったのだ。

私は自分の意志で、良かれと思って行動しますが、
それはとても小さな枠の中の判断にすぎません。
私の判断に足りない部分は、自然が必ず私に何かを伝えて補ってくれます。

心から「自然の力はありがたい」と思って帰って来ました。

車窓からは、美しい雪景色を楽しむことが出来ました。
自然が、私の気持ちを喜んでいるかのようでした。

「この自然の力に報いるためにも、もっと制作に打ち込もう」

そう決意出来たのでした。

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断捨離ー執着と妄信

今年も残すところ2ヶ月となりました。早いものです。
そして『クィンテット展』の作品集荷が、8日に迫って参りました。
この2年間に取り組んだ作品と共に過ごす日もあとわずかです。
その後、小休止もなく来年2月に予定されている個展出品の小作品の制作を始めます。

今年の年末も気を抜くことがなかなか難しいことが予想されます。
そこで今から大掃除を少しずつ心がけているところです。
断捨離は、かなり気分転換になります。
大切なものを見極めるためにも、余計なものを持たない生活はとても重要です。
「日々の生活がそのまま人格や制作にそのまま表われるもの」とも思い気をつけています。

人間というものは弱いですから、知らず知らず執着したり盲目的になるものかもしれません。
ものを整理したり捨てる際に、必ずこのことに気付かされます。
ある価値観から自由になるためにも断捨離の習慣は良い修養になります。

最近巷から流れて来るニュースの一つに、『日展』の不正審査の話しがあります。
これなども「いまさら何を言っているの...」と呆れています。
昔から皆周知のことだと聞いていましたから。

審査する方も、そもそもどうでもよいような存在でしかないけれど、
そんな不透明な権威に審査されようとする方もどうかしている。
そんな感じで長く受け止められていたことではないでしょうか。
どちらも崇高な芸術のイメージとはかけ離れた世界の話です。
純粋に美術に取り組んでいる人たちにとっては、とても迷惑なことなのです。

芸術の世界において、すでに権威などどこにもありえません。
あまたの美術団体のどこにも、もうそれはありません。
そして現代美術というジャンルにおいてさえも。
なぜなら、社会そのものに、どこを向いても権威などなくなっているのですから。
せいぜいあるのがブランドなのでしょうが。
しかしそのようなものにすがるような人間が、そもそも独創的なものをつくれるはずがありません。
ちょっと考えれば誰でもわかることです。
現代は、個々人が各々の物差しを持つ時代なのです。

「人がすぐには認められなそうにない」既成概念を打ち破ることをするから芸術家なのです。
その生き様が多くの人に勇気を与えるのだと私は思います。

だから芸術を志すのであれば、楽な生き方がありそうなところには近づかないことです。
人間はそれほど強くはないからです。
そういうところに近づいた瞬間に、勘違いし、妄信し、執着しはじめるのが人間と言えましょう。

ただし意欲的に公募展に出すこと、そのこと自体は尊いことだと思います。
多くの人に作品を見てもらうことで、パブリックな感覚が身に付くからです。
そして、「賞をとらなくて本当に良かった」とほっとするくらいが健全なのです(笑)。

あのような化石のような世界とは対象的に、
どこにも群れずに、自主的、主体的に美術活動をする作家が存在します。
私もその一人です。

来年の損保ジャパン東郷青児美術館で開催予定の『クインテット展』には、
そういう作家たちにスポットがあてられます。
皆様是非、このように自律した作家活動に目を向け、応援して下さい!

『クインテットー五つ星の作家たち』展

出品作家:児玉靖枝、川田祐子、金田実生、森川美紀、浅見貴子

会期:2014年1月11日(土)~2月16日(日)
開館時間:10:00 – 18:00 入館は17:30まで
会場:損保ジャパン東郷青児美術館

〒160-8338 東京都新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン本社ビル42階
Tel. :03-5777-8600(ハローダイヤル:美術館利用案内)
観覧料:一般500円(400円)、大学・高校生300円(200円)、中学生以下無料*(  )内は20名以上の団体料金
主催:損保ジャパン東郷青児美術館、朝日新聞社
協賛:損保ジャパン
アーティスト・トーク
1月11日(土)14:00〜児玉靖枝、川田祐子、森川美紀
1月18日(土))14:00〜、金田実生、浅見貴子

肌荒れー自然治癒力ー脱皮

このところ、制作のピッチを少し緩めて、余裕のある生活を心がけています。
お陰さまで、作品の完成もある程度見えて来ました。
油断をするというわけではなくて、夏の疲れをとって、体調の微調整期間にしています。

涼しくなって来ると同時に、身体が軽くなって来たような感じがして、
いかに夏の暑さで体力が消耗していたを実感します。

それと同時に実は、顔の両頬と両耳に肌荒れが起きて、
ぴりぴりした痒みと赤味、腫れ、皮剥けが始まったのが9月に入って5日頃。
外に出かけられない日々が続きました。

栄養...問題ないと思いましたが、思い切って乳製品、玉子、コーヒーを止めました。
     代わりに小魚(めざし)と大豆食品、頂きものの緑茶に変更。

時間...夜10時には必ず寝て、早起き、ラジオ体操を心がけました。
     昼にもラジオ体操をしました。

化粧品...基礎化粧品が切れていて、使わなかったのも原因と思い、
     集めていた上質なオリーブオイル化粧品の無料サンプルを
     この際全部使い切ることにしました。
     ファンデーション等は一切止めて、眉毛だけ整えました。

寝具...そば殻枕を全部解体し、中身を天気の良い日に天日干しし、外側は洗濯。

洗濯...台所洗剤として活用している重層は、殺菌作用もあるので、
     洗濯の際にも使用して、衣類やタオル、洗濯機自体を殺菌。

風呂...湯船に重層を少量入れると、お湯が柔らかくなり肌に良いとされています。

瞑想...寝る前に布団の中で仰向けのまま、30分程座禅の呼吸法をやってみました。
     なぜか透明な蓮の花のようなものが見える程になりました。何でしょうね?

ご褒美...これまで一生懸命頑張って来た自分へのご褒美をしてみようと思いました。
     考えに考えた挙げ句、思い切って一番小さいアトリエイーゼル(2万3千円)
     を注文することに決めました。心から欲しいと思っていたからです。
     本当は、お金に余裕が出来てからと思って、これまでずっと我慢していました。
     しかし、大作制作とは別に同時並行で、どうしても小作品が描きたくて仕方ありません。
     これは決して悪いこととは思えませんでした。
     きっと何倍にもなって返って来るものがあると思われたからです。

一時は、病院に行くことも考えましたが、よく症状を調べて、
専門医の治療(例えば自己免疫疾患)の必要性はなさそうだとわかり、
自分の自然治癒力に任せてみることにしました。

結果、今日は22日ですから、20日弱ですっかり回復しました。
赤味も弱くなり、ぴりぴりもなくなりました。
皮剥けも終わりました(ホッ)。

自然治癒力に感謝の気持ちで一杯です。
お金の余裕があったら、真っ先に病院に行っていたかも知れません。
あるいは、高い民間薬や化粧品に手を出していたかも。
そう思うと、イーゼル2万3千円はそう高いものでもないと思います。
そして一概に経済的な余裕が必ずしも幸せとは限らないように思えてなりません。

この経験が自分にとって、何を意味するのだろうかと考えてみました。
答えは、「脱皮」です。

これまでの皮膚では追いつかなくなって、
より強く厚い丈夫な皮膚を必要としているのでしょう。
「無知厚顔」ではいけませんが(苦笑)。
そして、自然の力に任せる、ゆだねることの大切さを学びました。
病にはそれなりの意味があり、薬で回避してはいけないように思います。
それよりも日頃の生活習慣をもう一度見つめ直し、
改めるべきところは改めることが重要と痛感しました。

そして、瞑想を久しぶりにして感じたことは、
より冷静に自分を内観し、
静かで、穏やかな、フラットな気持ちや目を持つことはとても重要だと気付きました。
そうすることで、現実に起きて来る様々なことに一喜一憂せずに、
客観的にものごとを判断出来るように思われてなりません。

物事を短絡的に優劣や善悪で判断せず、
なるべくありのままを受け取れる自分でありたいと思います。

それは芸術を見たり制作する上でも重要な視点です。
さまざまな可能性を切り捨てないことが創造的な生き方に繋がるからです。

追伸
いろいろな方から、メールで励ましのお便りを頂いております。
本当にありがとうございます!
返事が遅れていてすみません(汗)。

自戒ーアメリカの「国益」発言から学ぶ

たまに、せっかく書いたブログ記事を、下書きのまま公開しないことがあります。
今回の記事もそうなるでしょうか?

このところ寝る前に必ず第一次、第二次世界大戦について、書かれている本を読むようにしています。

そして分からない点はWiki検索をして調べます。
動画に上がっている見識者の発言や、塾の講義などもチェックしています。

知っているつもりのことが、案外いい加減な知識しかないことに気づき、近現代史を疎かにしていたことを反省することもあります(汗)。

エジプトに一体どんな問題があるのか?
シリアって、どんな国だったろうか、どうしてこんなことになったのか?

エジプトのイメージは、残念ながらほとんど頭の中がスフィンクスとピラミッドとクレオパトラ。
せいぜい最近知った大砂嵐という力士のことぐらいが旬の知識です(苦笑)。

シリアにしても、ドイツ留学当時に、語学学校の同じクラスにダマスカス出身のシリア青年がいたくらいしか知識がありません。
この青年の名前はすっかり忘れてしまっているのですが、とても好印象の記憶があります。
日本人くらいの小柄な人で、黒髪、目鼻立ちがはっきりしていて、いつもにこやかで明るく、気さくでした。
他のアラブ諸国の人たちの中では、着ている服装も何ら欧米諸国と変わりはありませんでしたし、宗教的なしがらみがありそうにありませんでした。
たしか法律を勉強するためにドイツに来たと言っていたと思います。

1984年当時クラスには、イスラエル、クェート、ベルギー、韓国、アイルランド、イタリア、アメリカ、イラン、インド、トルコ、ギリシャ、ハンガリー等、様々な国から若者達が集まって来ていました。

終末に皆が集まるパーティもありました。
たしかに最初は楽しかったのですが...(汗)。
宗教によって、ダメな食べ物があるのです。それが結構面倒でした。
お酒は飲まないとか、豚肉あるいは牛肉はダメだとか、そもそもラマダンで夜何時以降でないと食べないとか...(汗)。
ラマダンということもはじめてその時に知りました。
そうなると、「呆れた、わがままだ、付き合いきれない」という悪い空気も起きて来て、
いつも私は皆の言い分に挟まれて、クッションの役目をしていたように思います。
日本人は、何でも美味しいと言って食べますから、いい人だと思ってもらえるのかも知れません。

それぞれが食べれそうなものを持ち寄せ合って、食べることにしたこともあります。
イタリア人はパスタ、韓国人はキムチ入りカレー、クウェート人はサラダ、アメリカ人はポテトチップス、そして、シリア人は、クスクスというのを持って来ていました。「小麦粉から作る粒状の粉」です。
本人は、美味しいものだと言っていて、私も興味津々でしたが、「付け合わせのスープ料理をつくらないと美味しく食べられないね」と言って引っ込めてしまいました。
後にも先にも、クスクスを見たのはその時だけです(ちょっと心残り)。

その青年は、ドイツからシリアに帰ったのでしょうか?
今はどうしているでしょう?

どの人もいい人ばかりでした。
そして皆、日本人に興味津々でした。
いろいろ聞かれましたが、うまく説明出来ないこともあって、そういう時には、
余興に「ずいずいずっころばし」などをした時もありました。
すごく受けていました(笑)。
一人ひとりの拳の中に鬼の私が指を入れて行きます。
「チューチューチュー」って言うところに来ると、クスクス笑いながらくすぐったそうでした。

日本人に後でそのことを言ったことがあるのですが、「よくやるなぁー」と赤面されてしまいました。
???(苦笑)
言葉よりもスキンシップだと思うのですが、何か問題でも??

そういえば、アメリカ人はまじめで、正義感が強くて、清潔で前向きでスカーッとしていました。
イタリア人は、おおらかで、ラフでおしゃれさん。
イスラエル人は、頭良さそうな才女タイプ。
ギリシャ人は、ハスキーボイスのボーイッシュな美人。
イラン人は、苦労してドイツに来たと言っていました(雰囲気が俳優の藤田まことさんに似ていました)。
韓国人の親友ユニエルは、寂しがりやで人なつっこい人でした(女性同士で手を繋ぐ程仲良くなりたがりましたが、これは韓国人女性の日常的な習慣です。決して変な意味ではないそうです)。
クウェート人は、アメリカナイズされていて、テレビっ子でした(『奥様は魔女』など、日本人と同じアメリカのテレビ番組が放送されているらしく、共通の話題が持てることに驚いたものです)。

どの人も良い人でした。

ここで唐突ですが、なぜ、戦争は起こるのでしょう?

そのことをずっと考えていて、あることに気付きました。
今日のNHKニュースサイトに『米「軍事行動は国益の観点で判断」』という見出しがありました。
「国益」という「欲望」によって戦争が起こるのだということが露骨に表現されているように思えてなりませんでした。

その「欲望」はどこから来るのか?
シリアの人たちの救済という正義を建前とする、自国の経済的な利益としか映りません。
「もっともっと」という飽くなき欲望に取り憑かれて行く内に、孤立し、妄想に取り憑かれていくアメリカ。
それは良い人、立派な人であろうと思えば思う程、起きて来るという矛盾。
そういう絵が見えて来て仕方ありません。
そして、これは、かつての日本、ドイツ、ロシア、イギリスも同じように歩んだ道であることを忘れてはなりません。
日清戦争がどうして起きたのかを中学生に説明する優れた講義がアップされていました。
これと同じことが、今シリアで、エジプトで起きようとしています。

このような価値観の世界に巻き込まれないように、これからは注意深く生きて行こうと自戒しました。

「もっともっと」ではなく、「分」をわきまえよう。
「立派な人」ではなく、「地道に生きる人」であろう。
「積極的」ではなく、「冷静」であろう。
「攻撃」ではなく、「愛を与える」人であろう。
「目先の正義を叫ぶ」のではなく、「美徳」や「深い洞察」で考え続ける人であろう。
自分の「欲求を満たす」ための人生ではなく、人の「幸せを祈り願う」人生を生きよう。
人へのおせっかいは、ほどほどにして、まずは自分を正そう。

「不安や恐怖」は自分の他にあるのではなく、それを感じる自分の中に問題がある。
その問題を素直に受け入れ、自分を変えることに一生懸命になろう。

そして、解決を急がない。

これは、決してアメリカに対して言っているわけではありません。
オバマ大統領の記者会見の発言を見て、つくづく自分のこれからのこととして、改めて考え直したことなのです。

損得勘定でものごとを判断する価値観が人との争いを招きます。
「得にならないように見えること、すぐには実りになりそうにないことを一生懸命しよう」そう誓いました。