震生湖

昨日、丹沢を眺めながら、秦野に向かい、「震生湖」を訪ねました。冬木立の無数の枝が小さな湖に映り込んでいました。網目のように、湖上の波紋と複雑に絡みながら、ゆらゆら動き行く様を、ぼんやり見入りました。

湖底に引き込まれ、天も地もない静かなひと時でした。思えば何が幻影で何が現実なのでしょう。どちらも同じ世界に同時に存在しています。現の中に生きる人が実は幻に惑わされ生きていることや、幻と思っていた世界が実は本当であったということもあるのかもしれません。

皆、自分の見たいように世界を見て生きているはずなのに、知らず知らず何かに支配され見たいように見えなくさせられている。現実をじっと見入る時間すらないからです。どのように想い描き生きていくかは、自分自身がつくっていくこと。それが自分を生きるということなのでは。湖面に浮かぶものは、常に変化し定まらない。それに気づく人はまれで、かつ気づいた人もその動きに惑わされて、多くが流されていきます。しかし、心に浮かぶ湖面は常に一つです。そこに浮かぶものが私の生きる世界です。それを描き出して、見えるようにしたいのです。

shinseiko

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