誕生日の決意

今日で48歳になります。
自分でも信じられません。もう少しで半世紀です。。。
誕生日に当たって、朝からブログを書き、心をあらたにしようと思いました。
子供の時から、もしかしたら生まれた時、いえ、生まれる前から美術が好きです。
音楽を聴いたり、読書も好きですが、
しかし何といっても子供の頃から自然に手が動いて絵を描いたり、
手工芸と呼ばれる、ありとあらゆるものをつくるのが好きでした。
あまり知られていませんが、彫刻刀や、のこぎりはもちろん、
女性らしく針や編み棒を使うのも結構上手なんですよ。。
もちろん、あらゆるジャンルの美術作品を観るのも好きです。

この48年の間には、
ヨーロッパ(ドイツ、フランス、デンマーク、ベルギー、イタリア、ギリシア、スペインなど)、
アメリカ、中国、韓国と、
あちこち歩き回っては、直接美術作品を観てまわりましたし、

国内でも、美術館の展覧会や常設展はもちろん、画廊での展覧会も沢山見て来ました。
おそらく、美術というものがなかったら、私は自分自身の存在を確かめることが出来ません。
美術というものを与えられて生きていられることの喜びを、ひしひしと味わう今日この頃です。

しかしながら、美術に関して言うと、私のこの至福感とは別に、本当に悩ましい事実があります。
それは、「美術はわからない」という言葉と、あまりに美術が特別な存在過ぎて、
美術館や画廊以外では、あまり良い作品を見ることができないということです。

「美術がなくなったら、死んでしまいそうだ」という人にもめったにお会い出来ません。
残念なことです。

そこで、私は決意したのです。
これからは、美術館や画廊で発表するために作品を制作するのではなく、

「暮らしの中にアートを根付かせる活動」を目指して行こうと。

そのために、「芸術に捧げる作品」と、「人々の喜びに捧げる作品」との、
両方を制作して行きます。

私はある時何気なく、ある新書を読み終わって、小さな細かい文字が枠の中に印刷されていることに気づきました。
何冊も新書は読んでいたはずなのに、その時はじめて目に止まり、よく読んでみたのです。
要はこのような内容が書かれていました。

あるとき、古本屋で私は1冊の本を棚から抜き、何げなく開いてみたら、
「私は本が好きで好きでしかたありません。でもお金がなくて買えません。あぁ、もっと本が読みたい」
と書かれていた紙切れがはさんであったのです。
もしかしたら、お金に困って、その本ですら、古本屋に売ってしまったのかもしれない、
こんなことでは日本の文化の将来は暗い。教養を求めている人に、
等しく広く情報を伝えるのが出版・印刷技術の役割ではないか、
そう思うといたたまれなくなって、ある決意をしたのです。
それが、誰もが安価で気軽に専門書と変わらぬ内容を読める新書版をつくるということだったのです。

アートは生活にゆとりや、潤い、人との和をもたらすものと、私は信じて疑いません。

どこのお宅にも、最近は、たいてい額縁に入った絵ぐらいは飾ってあって、
いろいろな作品を見て楽しみ、世間話しをしている内に、最近のアートのことが話題となったので、
アートをもっと知りたくなって、休日はゆっくり美術館に行きました。。。。
そういうライフスタイルが定着したら素敵だなと思います。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です