時代はまさに「メルトダウン」ーメダルド・ロッソ再考

メルトダウンと聞くと、あなたは炉心融解(ろしんゆうかい)を思い起こすでしょうか?
3月11日以来、耳にタコができるくらいに、この言葉を聞いて来ました。

しかし、ここ最近の国際的な金融の動きも、専門用語で「メルトダウン」と言うらしいのです。

時代の風潮はまさにこの言葉に集約されている。
あるいは後世になってから、「日本で原発がメルトダウンしたまさにその年に、国際的な金融の一連の動きもまたメルトダウンした...云々」と記述されることになるのかもしれません。

メルトダウンということをひとつの表象と捉えるならば、私はすぐにイタリアの彫刻家メダルド・ロッソ(1858-1928)の作品を思い浮かべます。

メダルド・ロッソは、知る人ぞ知る、近代彫刻史上に重要な功績を残した人ですが、同時代のフランスの彫刻家ロダンが、あまりにも日本ではクローズアップされているために、ご存じない方も多いのかもしれません。

私自身も、15年前にローマ近代美術館でいくつか作品を見た記憶があるだけで、日本の美術館で見かけた覚えがありません。しかし、一度見ればどの人も必ず脳裏に焼き付くほどの個性的な作風なのです。

大抵はブロンズの頭部の彫刻がゴロンと置かれていたりします。そして、その顔の目鼻立ちは、何だかはっきり致しません。まるで薄いベールで覆われているかのような、あるいはブロンズが溶けてしまい形を失いつつあるような、そのような彫刻表現になっています。

ブロンズ作品よりもむしろ石膏に蜜蝋などを使った彫刻を見ることができましたら、よりロッソの彫刻の良さを実感するはずです。独特な透明感と粘るような鈍い光沢を放つ彫刻を楽しむことができます。

詳しく調べたことはないのですが、一度細密に具象的な形を作り上げてから、蜜蝋を熱で溶かしていくような行程があるのかもしれません。

昨晩、煌々と輝く月の光を窓辺で浴びながら、なぜメダルド・ロッソはあのような表現を100年以上も前に残したのだろうか?その意図としていること、あるいは現在の私たちがそこから何を啓示として得ることができるか、そのようなことを考えながら眠りにつきました。

不確実性、記憶の喪失、境界の排除、。。。従来の価値や想定の崩壊。。。メルトダウン。いろいろな言葉が脳裏をよぎります。

その彫刻は周りの光や空気というような環境をも取り込み、不安定な変化の中に包まれる人間存在の不確定性を露呈しているかのようです。

それは決して力強い作品とは言えません。どちらかと言えば、移ろい行く世界の中で、ただ盲目に耐え、時の流れに消え行くような人間の哀れさ。。。

ひいては近代の科学への妄信に伴う人間性の喪失への警告。。。

これらがあたかもメダルド・ロッソの彫刻に宿ったのではないか。。。。そんなことを考えさせるのです。

さて、幼虫は蛹へ、そしてやがて蝶になるように、この蛹の中身は、不定形のドロドロの溶液で満たされています。その蛹の殻を破り、蝶になるとはどういうことなのか、それはいつなのか、今晩はそんなことを考えて眠ることにしましょう。

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