図書館あちこち

ご案内状を送った方々から、手紙やメール、その他何やら送って頂き、返事が間に合っておりません。この場をお借りしまして、心からお礼申し上げます。
また、チケット申し込みもチラホラ頂いております。ありがとうございます。どうぞ、また引き続きご遠慮なく、どしどしご応募下さい!

頂いたメールに、マルクス『資本論』序文、ダンテの引用文が書かれていました。

Segui il tuo corso,e lascia dir le gentil !
汝の道を行け、そして人々の語るにまかせよ

すばらしい言葉ですね。『神曲【完全版】
』に出て来るのでしょうか?
ダンテの『神曲【完全版】
』は、高校生の時図書館から古い本を借りて読んだのですが、あまりに古臭い翻訳で、完読できなかったことを思い出しました。ということで、早速『神曲【完全版】
』をもう一度読み直そうと、長野県立図書館に初めて行って参りました。

図書館と言えば、これまでにいろいろな図書館にお世話になっています。育った横須賀市立図書館は、京急横須賀中央駅から長い坂を上り切ったその名も平坂の上にありました。全然平らな坂ではないのです。その通りの途中には、平坂書房という本屋がありまして、そこにも随分お世話になりました。つまり横須賀で本を読むには、大層体力と気力が求められました。余程、知に飢えていなければ、その難関の坂道を上がろうとは思えないものです。しかし、昭和の横須賀時代の私にとっては、それが唯一の娯楽だったとも言えます。

大学生の頃に課題レポート等を書くために、初めて国立国会図書館に行った時のことも忘れられません。当時コンピューターで、文献を検索して、書庫から本を出してもらうということが、とても画期的で、目に見えない蔵書の立ち並ぶ様を想像するだけでもわくわくしました。

そしてお世話になった女子美術大学の図書館は、卒業後相模原時代も通っていました。あまり人には言わずにいたのですが...、というのは、知られると借りたい本が借りれなくなるからです。ここは芸術関係の本の言わば秘湯です(笑)。とりわけ美術専門書の洋書関係が素晴らしいです。そして、学生があまり利用していないせいなのか、今では手に入らなくなっている絶版の名著さえも借りれてしまうのです。卒業生の権益というものかもしれませんが。

大学院時代にお世話になった横浜国立大学の図書館は、机と椅子がお気に入りでした。座り心地がとても良く、机が広く重く、長く居ても疲れないのでした。書き物をする、読書するには快適な環境が必要不可欠であることを教えてくれた図書館です。

そういう意味では、ハンブルグの駅の近くの美術館(Hamburg Kunsthalle Museum) 図書室は、おそらく私の人生の中で最も格調高い立派な図書館です。1986年当時は閲覧室の机も椅子も歴史の重みを感じさせる重厚な材質で、何よりそこで読書に耽る方々の様相、佇まいが、気高く高貴なのでした。各机にライティングの設備があったのも、贅沢と思いました。そして、そこに居るだけで、その方々の香り高さが身体に染み付くように思えたものです。映画『ベルリン天使の歌』に図書館のシーンがあり、長いコートを着た天使が、読書に耽る人たちの耳元でインスピレーションを囁いていた記憶がありますが、まさにドイツの図書館は、私にとってもそのような聖なる場所というイメージがあります。

日本でも風格のある図書館があります。上野の国際子ども図書館です。国会図書館の前進として建てられた旧帝国図書館が、現在は贅沢にも子供のための図書館になっています。ルネッサンス様式を取り入れた明治建築は、安藤忠雄氏の設計のもと、ガラスのカーテンウォールで補強されて、立派な佇まいにリニューアルされています。ここも上野の雑踏から逃れて足を向ける、私のお気に入りの秘密の休息所です。

相模原時代は、町田市立図書館も良く利用しました。こちは、ホテルの建物の中にあり、最寄りの駅から歩いて2分程で、とても便利でした。町田市と相模原市との連携も出来ていて、相模原市民でも自由に借りることができる、ありがたい図書館でした。ありがたさはそれだけでなく、どのように専門的な図書でも、新刊ですらも、大抵蔵書されていました。ネットで検索する度に、「これもあるの?」と驚く程、蔵書の質が素晴らしいのです。但し、新刊本と人気のある本は、なかなか借りれません。予約の数も半端ではありません。

相模原では、鹿沼台と橋本の図書館も利用しましたが、一番利用したのは、ウェルネス相模原という保健所等が入っている新しい現代風のガラス張りの建物の1階の図書室です。ここには、健康に関する図書が集められていて、そういう意味でも興味深かったのですが、新聞も各社そろっていて、新聞代が浮くのでした。また、相模原市は市内の図書館の連携が良く出来ていて、どこでも中央図書館の本を取り寄せたり、どこでも返却を受け付けるようになっていました。いつもインタネットから予約をして、ここに取りに行ったものでした。

そうそう、JR相模原駅の上、相模原市民ギャラリーの資料室は、美術館カタログだけを専門に閲覧出来る珍しい図書コーナーです。美術カタログを蔵書している市立図書館はなかなかないものです。直接手に取って見られることがどれほど、素晴らしいことか。ところが、ほとんど知られていませんので、ここも穴場のひとつです。そして本棚の上には、市内在住のアーテイストの個展案内のポストカードが沢山並べられているので、アート情報の拠点としても活用されています。

今日行った長野県立図書館は、広い公園の敷地内にあり、向かい側に県民ホールと同じ赤煉瓦の風格のある建物でした。おそらく長野県の総合文化拠点というような位置づけなのだと思います。駅の善光寺口とは反対側のせいか、あまり人が集まるような場所でないのか、とても空いていていました。町田の図書館を見慣れているせいか、本当に落ち着いて静かで助かります。町田では、まず閲覧室で座席をゲットすること自体が、常に不可能でしたから、今日は午後からじっくり調べものが出来ました。

そしてお目当ての、ダンテの『神曲【完全版】
』、ありました、ありました。受付で、「なるべく新しくて、別冊毎に分かれていないものがいいのですが」と調べてもらったところ、何と「2010年刊行の河出書房新社の完全版が最近入荷されたばかりです。」とのこと。早速出して頂きました。まだ一度も何人の手にも触れられていないような真新しい本を借りることができたのでした。

そしてしばし閲覧室でめくって読むこと3時間。ある一つの長年の疑問に思っていたことが、解けたのでした。それは、地獄篇 第二十歌 ここは第八の圏谷の第四の壕で、生前不遜にも未来を占った者が、胴の上に頭を後ろ前につけられて処罰されている人々が描かれています。

実はイタリアの彫刻家ファッツィーニの作品に、木彫で「予言者」という作品があるのですが、これまでなぜ不条理に頭や胴や手足の前後がねじれてつくられているのか、不思議で不思議でなりませんでした。今日はじめて、これがダンテの『神曲【完全版】
』から触発されてつくられているのかもしれないと思う事が出来たのです。これが完全な答ではないのかもしれませんが、一つの見方を探り当てたような気がしました。『神曲【完全版】
』をじっくり読み解き、さらにファッツィーニの制作意図を探り当ててみたいと思っています。

このように、美術作品は、本当に長い年月をかけて、さまざまな気づきを私に与えてくれます。優れた美術品は、生きるさまざまな糧を内包しているものです。それを教えられて知るのではなく、自分の力でひとつひとつ気づいて、驚き、感動し、楽しんで行く、素晴らしい世界が広がっています。

今日は長野県立図書館でそのような素晴らしいひと時を過ごすことができました。帰りに、この『神曲』とマルクスの『資本論』もついでに借りてみました。大層分厚い大著です。私に読みこなせるかどうか自信はありませんが、第1編第4節「商品の物神的性格とその秘密」という項目が気になります。今夜はしばし読書してみます。

マルクスの『資本論』を紹介している楽しいサイトがありました。ご興味のある方は、こちらをどうぞ。

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