博物館あちこち

以前書いた「図書館あちこち」の記事がご好評でしたので、今回は私の秘密の聖地、博物館のご紹介を致します。

私は大学1年生から博物館でアルバイトをしていました。横浜館内、馬車道にある神奈川県立歴史博物館。当時は自然系も合同だったので、神奈川県立博物館という名前でした。その後、小田原の地球博物館と分離して、歴史博物館となりました。ここで9年程お世話になりました。いろいろな学芸員のお手伝いをしましたが、一番多かったのは、収蔵庫の資料整理でした。

この建物は、旧横浜正金銀行を再利用したもので、ルネッサンス様式の青銅葺きのドームを持っていまして、石造りの立派な明治建築です。収蔵庫はもともと銀行の金庫。この中を総檜作りに改造したものでした。ここに学芸員と入って、絵巻物や掛け軸、浮世絵等を記録に残す仕事を手伝いました。また、浮世絵をタトウに入れて、仮額用のマットを切る仕事もしました。浮世絵を保存し、いつでも額に入れて展示出来る準備が必要なのです。浮世絵版画の彩色や細かい線描を間近で鑑賞出来る機会に恵まれました。館内には専用の写真室もあり、職員のカメラマンが女性で、この人の撮影した収蔵品の写真整理もしました。よく二人で遅くまで飲んだものでした。

当時は学芸員が沢山いましたから、毎晩のようにお酒の席があり、大学研究機関の人たちや近くの博物館、美術館の学芸員が立寄り、とても賑やかで活気溢れていました。鯨の研究をされている学芸員が南極で調査したついでに氷を持ち帰り、ウィスキーのロックを楽しむ会もありました。何がそれ程魅力的で人が集まるかと言えば、一重にこの建物の風情やロケーションも加味されてのことだったように思います。近くにはレンガ倉庫、中華街や山下公園などもあり、また町自体が古い洋館の建築物を残しています。

博物館の展示はとても地味です。有名な源頼朝像の掛け軸は、ずっと源頼朝のままだし、鎌倉時代の仏像はいつ見ても同じ姿をしています。しかしとても落ち着く場所なのです。建物の歴史的な重みを感じるからでしょう。今年で108年を迎える建物です。

この博物館とセットなのが、近くのレストラン馬車道十番館です。外人墓地にある山手十番館の本店だったと思います。私はどちらかというと馬車道の方が好きです。中二階に英国風酒場がありまして、そこでカクテルを飲むのが粋です。家具や内装も明治のスタイルで昔から変わりません。

もうひとつご紹介は、上野の東京国立博物館。もっぱら常設展と東洋館が好きで見に行きます。常設展示で見たいものが沢山あります、長谷川等伯の松林図屏風はもちろん、曜変天目茶碗、五百羅漢図の絵巻物はいつでも見たいものです。そして中庭の風情や、休憩場のタイル装飾も子供の時からずっと変わらないまま。その場所が自分の家であったらどんなに幸せだろうかと思うものです。昔の建物は、天井も高く、壁も厚く、床もしっかりしていますから、耳障りな反響がありません。東洋館(2013年まで耐震補強工事のため閉館中)は昭和に建てられましたから、あまり建物自体に魅力はありませんが、展示物はいつも興味深いものが展示替えされていて、勉強になります。アジアの呪術的な意味を持つ文様の織物や、銀製の手鏡の裏の詩文、漆器の深い色合い、青磁や陶磁器の焼き物の質感。何もかもが創造を掻き立てます。

そしてたまに本当に気心が知れて、この人はと思う時にご案内する場所があります。それが法隆寺宝物館です。ここの素晴らしさは、まず建物に入る手前の水辺を渡る橋から、見る準備が整います。建築自体は新しい建築様式なので、最初はピンときませんが、この中に入ると、独特の雰囲気が用意されています。何と説明したら良いのかわかりません。ここにしかない雰囲気なのです。お寺でもない、お化け屋敷でもない(笑)、教会でもない、信仰とか宗教をまったく取外した聖地というものを表現したのだと私は解釈しています。銅製の百済観音菩薩立像が何十体も立ち並んでいます。これは廃仏毀釈の際に、法隆寺から国が寄贈を迫ったものと聞いています。それがいいことだったのか、信仰の対象としてどうなのかという疑問は、私ごときが判断する内容を越えています。そういう歴史の深層をふと覗いて圧倒されるようなものがそこにあるのです。それが聖地と私が見做す所以です。

この法隆寺宝物館の1階には、ホテル大倉のミニレストランが出店しています。内容とお値段がどうかなと思う方には向きませんが、静かに上野で食事をしたい方には穴場です。まず法隆寺宝物館は、人々が素通りする場所にあり、めったに混むことがありません。でもお昼時をちょっと外してご利用下さい。

国立博物館で法隆寺宝物館まで見てしまうと、必ず閉館ギリギリになります。夕飯も上野でということでしたら、最後にお勧めは、森鴎外ゆかりの鴎外荘です。ここは水月ホテルというのが経営していますので、宿泊も出来ますが、お座敷でゆっくり食事をとるのに快適です。古い佇まいが落ち着きます。本格的な懐石料理というほど気取った場所でもありません。上野に行った話しのついでに寄ってみようという場所です。ビジネスプランの宿泊ですと、お料理付きでもかなりお安いです。

上野はその他、不忍池の鰻屋伊豆栄が有名です。もう長く行ったことがありませんが。

長野では長野県立歴史館があるということなので、その内出かけてみようと思っています。今は「長野県の満州移民」の企画展中です。池田満寿夫も満州帰りの人でした。この度お便りを頂いた方々の中に、池田満寿夫と同じ長野県立高校の2つ下の後輩であった人や、小学生の頃池田先生に絵を習ったという人がいらっしゃることを初めて知りました。満州帰りという人たちがどういう運命を背負っていたのか、池田満寿夫を通して知りたい衝動に駆られています。

博物館の素晴らしさは、その土地の歴史、そこに住まう人たちのルーツやアイデンティティに出会える場所だからです。今を生きる事は大切なことですが、ハイデガーも言うように、今そして未来を生きるために、過去の歴史から生きる力を学ぶのです。そういう時間と場所を博物館が用意してくれています。

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