ドイツ時代ーその5

昨日の記事に記録した美術館は、リンク先を見ても分かりますように、主にオーソドックスな古典的な絵画が見学出来るようセレクトしたものでした。

一つの目的として、ドイツルネサンスの画家、ルーカス・クラナッハの絵画をなるべく多く見ようという計画がありました。というのは、クラナッハの絵画約1000点はドイツ国内のみならず、ヨーロッパ各地で所蔵されていまして、それを目指すだけで、主な美術館を巡ることになるからです。また、1984年の滞在時に、クラナッハの板絵を初めて見た時に、テンペラと油絵具を混合した絵具の発色と質の良さ、そして線描(ハッチング)の繊細さにとても魅了されました。また硬い板に描かれているものは、やはりキャンバスという柔らかい布地に描かれているものとは、かなりニュアンスが異なるものです。

絵画は、より大きな画面を求められて、ルネッサンス以降、それまで壁や重厚な祭壇画から自由に移動可能な持ち運び自由なスタイルへと進化して行きました。そこで開発されたのが、船の帆からヒントを得て、布地を木枠に取付けるキャンバスです。この画材の登場で、より大きな画面が可能になり、大胆で大掛かりな描写が人々を圧倒させることに成功します。その例のひとつとして、ルーベンスの絵画などをあげられるでしょう。あの肉感的な人体のボリュームと躍動感のある表現は、柔らかなキャンバス地の上を滑る軽妙な筆さばきに由来するように私などは感じられます。そして大胆さや躍動感のある板絵というのはまず見た覚えがありません。その代わりに、何か緻密なミクロの世界が宿っていたり、丁寧で硬質な表現が魅力的なのです。

このような古典的な絵画を見たいと始めた旅でしたが、実はそのスタートからまったく相反する気持ちが生まれました。私の記憶に間違いがなければ、アントワープの美術館で、『20世紀近現代抽象絵画展』という展覧会を偶然見ることになったのです。それらの作品はだいたいどれも100号くらいのサイズに統一され、教科書でしか知らなかった、例えばイタリアのフォンタナのキャンバスを切り裂いた作品や、モンドリアンの格子のように見える作品、カンディンスキー、フランス抽象主義絵画、ピカソやブラックのキュービズムの作品、パウル・クレーなどのバウハウスの作家たちの作品、ダダイズム、ミニマリズムな作品等々、ずらりと紹介されていました。そしてそれらの作品にすっかり魅了されてしまったのです。がしかし、それらはままりにも範囲が広く集められていたために、「自分がこれらのどういうところに興味を持っているのか」がよく理解出来ませんでした。そして、「なぜそれらに魅了されるのか」を説明出来るようになりたいと思いました。

この気持ちをずっと抱きながら、古典的な絵画を見続ける旅になりました。その間に考えた事は、例えばこういうことです。古典的な絵画の多くはキリスト教やギリシャ神話を主題にした絵画なのですが、それらの話しを知る事は興味深いにしても、日本人の自分にとって、そういう宗教的話しや神話はあまり必要がなく、共感がしにくいということです。例えばギリシャ神話に出て来る女神ディアナをルーベンスがボリューム一杯にはち切れそうな女性の肉体表現で女神として描き切っている作品を見て、確かに凄いなと思っても、今の自分に心当りがあるとすると、イギリスのダイアナ妃がこの名前に由来して、やはり狩りの女神のような強さを感じるかもしれない、くらいの共感があるくらいです。

むしろ抽象的な絵画の表現の方が、あまり余計なものに惑わされずに、絵画の画面を直視出来るようにさえ思ったものでした。どのような絵画が私にとって心地よく、興味を持って向き合えるか。不思議さや神秘性をずっと抱き続けられるような絵画とはどういうものか。そういう絵画に出会いたい。そういう気持ちで旅が始まったのでした。

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