アンリ・ミショー展 ひとのかたち

美術は矛盾に満ちていて、そもそも曖昧なものです。その矛盾のひとつ、美術が「無から目に見えるものを生み出す」という行為なのに、「目に見える以上のもの」を、つくり手も見る者も期待するということです。「画面の奥にある何か」、画面の奥にはキャンバスが、そのまた奥には壁があるわけですが、そういうことを言うわけではありません。それをたとえば、見えるものの背後にある、目に見えないけれど感じられる「精神」と言ったらいいのでしょうか。そういうことを哲学的に「形而上学的な表現」とされることがあります。

例えば、ジョルジョ・モランディという人は瓶を机上に並べた静物絵画をたくさん制作しましたが、瓶がすばらしいからとか、瓶という物質を記念に残そうという意志で描いたのではなく、その配列や溶け合うような表現で彼自身の世界観を表明しました。その表現に彼自身が見ていた世界をそのまま私も覗くことができ、そこから彼の感性や精神を感受することができるのです。

これと似たような事象に「言葉にならない表現」があります。美術が文学と裾をわかつ重要な役割として強調されるものです。詩をつくり、それでも十分に表現することができない何か...、それを描いたのが例えばアンリ・ミショーと言えるでしょう。その展覧会『アンリ・ミショー展 ひとのかたち』を初日6月19日に東京国立近代美術館へ見に行きました。
ミショー

1940~50年代のフランスの抽象絵画の空気には、きっと「アンフォルメル」という形にならないものを求めたり、「未開」とか「子供」というような「アール・ブリュット」というような生の芸術を尊ぶ意識が一部の作家たちの制作の原動力になっていたようです。アンリ・ミショーの作品にもそのような時代の息吹が感じられます。そして、書や漢字の成り立ちを彷彿させる造形に、東洋志向が加味されています。とりわけ画風は「わび」「さび」「簡素」というような日本の特徴的な美意識を賛同しているように思えてなりません。

展覧会会場には、作品展示のところどころに、彼の残した言葉が掲示されていて、アンリ・ミショーの作品を味わうための手助けになっています。
この言葉のどれにも惚れ込んで、手帳にメモしました。その内の一部だけご紹介します。

「海
わたしの知っているもの、それは涯てしない海だ。21歳、わたしは街の生活
から逃げ出した。雇われて、水夫になった。船の上には仕事があった。わたしは
驚いた。それまでわたしは考えていたのだった、船の上では海を見るのだ、いつ
までも海を見るのだ、と。船は艤装を解いていた。海の男たちの失業が始まって
いた。
わたしは背を向けて出発した。一言も言わなかった。わたしは海をわたしの中
に持っていた。わたしの回りに永遠にひろがる海を。
どんな海かって?それなんだが、何か邪魔するものがあって、言おうとしても
どうもはっきり言えないんだ。」
(アンリ・ミショー『試練・悪魔祓い』1945年より)

唐木順三の『日本人の心の歴史』(筑摩書房)という著作で、これと同じ内容をかつて読んだことがあります。万葉集には「眼」で「見る」眼差しで歌われているのに対し、古今和歌集には「心」で「思ふ」ことが歌われているというのです。これは現代にも言えることで、たとえば目の前に美しいものがあるにもかかわらず、それに気づくどころか、見る気も力も失っているので、歌ったり、描くこともできずに、雑念に惑わされ、余計なことばかり思ったり考えて過ごしている人々の姿を思い起こします。ミショーも海の前で、その現代人の病から解放され、無心に見つめる「眼」を取り戻したのでしょう。唐木順三は日本人のことを書いたわけですが、それはどうもどの民族も共通のことなのか、あるいはミショーがまれなる日本人的性質を持った人だったということでしょうか。

「何か邪魔するものがあって、言おうとしてもどうもはっきり言えない」その「邪魔なもの」とは、本能や野生を支配し押さえつける「理性」あるいは「観念」を示すのでしょう。それをはらいのけて描こうとしたことが作品からも伺うことができます。太古の文字のような、言葉や文字以前の象形が伝えるエネルギーのようなものを感じることができるのです。

「特別な意図を持たずに描いてごらん
機械的に描きなぐってごらん
紙の上にはほとんどいつも
いくつかの顔が現われる」
(アンリ・ミショー「絵画現象について考えながら」『パサージュ』増補新版 1963年より)

このような仕事には、造形としての物質上の工夫ということは必要なく、より簡素な素材「紙」や「墨」が選ばれたのだと思います。私はそういう世界に憧れる反面、私の作品にはもっと貪欲な造形志向があることを、あらためて自覚したのでした。しかしながら、その制作の根本的な仕組みは全く同じです。「特別な意図を持たずに描き」、作品だけを見つめながら制作していくわけで、最終的な作品名を与えるあたりで、考えたり思ったりしています。

展覧会は、収蔵品展示室の一部に特設された会場でした。あいさつ文には「知る人ぞ知る作家」と書かれていました。一昨年ドイツのアートフェア、ケルン・アートで20点程扱っているギャラリーのブースをみつけました。今回の展覧会で出品されていた作品より大きなサイズでした。初期の作品や、大作をまとめた展覧会を見てみたいものです。

ちなみに展覧会図録は、デザインがとてもよく、買って来て毎晩めくっています。平凡社から出版されていて、日本の展覧会図録が一般の書店で扱われるというのはとてもめずらしいことです。(ドイツではそれが普通です。)

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